「イース外伝 血と砂の聖戦」

 本作は前作「滅びしものの幻影」に続く創作イース第二弾で、97年に文庫本書き下ろしとして出版されました。おなじみ大場惑氏作で、挿絵は池上明子女史。物語は「イースV」の直後の出来事、ロムン帝国の東、オリエッタ地方のパルサ帝国で暗躍する邪神教との戦いを描いています。


基本データ

ファミ通ゲーム文庫「イース外伝 血と砂の聖戦」

表紙
  • 発行:1997年9月30日
  • 発行所:株式会社アスキー
  • 発売:株式会社アスペクト
  • 著者:大場惑
  • 挿絵:池上明子
  • 定価:540円(税抜)
  • ISBN4-89366-771-8

物語の概要

プロローグ

 豪商アブダビは「黒い燃える水」を求めて砂漠の岩山に来ていた。部下のハシハドはそこで巨大な像を発見していた。ハシハドの案内で巨神像を目にしたアブダビは、そこで謎の生物に取り憑かれてしまった。

第一章 悪童窃盗団

 ケフィンでの冒険が終わってからの話、サンドリアを出航して二日。アドルとイブール一家は無事、ドモスクスに着いた。ドモスクスはロムン帝国東の大都市で、街は新興のヒスラム教徒であふれていた。アドルは一人街をさまよううち、街の警備隊がみすぼらしいなりの子供を追いかけている場面に出くわした。子供は盗んだ巾着をアドルに押しつけると、そのまま逃げていった。

 巾着を押しつけられたおかげで、アドルは悪童窃盗団の親玉の嫌疑を掛けられ、クレリアの剣を取り上げられた上、牢に閉じこめられてしまった(注1)。悪童窃盗団とは最近街を騒がしている子供たちによる窃盗団で、その親玉は15、6歳の少年だという。牢にはアドルに巾着を押しつけた子供をはじめ、捕まえられた悪童窃盗団の子供たちがいた。アドルには子供たちが悪人のようには見えなかった。
 その日の夜遅く、物音で目覚めたアドルは、牢にいつの間にか15、6歳の少年がいるのを目にした。少年は悪童窃盗団の子供たちを連れ、不思議な力で壁をすりぬけ、牢から脱出してしまった。
 子供たちを逃がしたとして、アドルはさらに疑われることになった。事の次第を話しても容易には信じてくれなかった。警備隊は窃盗団の親玉を捕まえてくることを条件に、アドルに手かせをはめたまま、一時解放した。

手かせを外すシャーリィ

 手かせのせいで捜索ははかどらなかった。ところがやがて巾着を押しつけた子供が現れ、アドルを窃盗団の隠れ家に案内した。隠れ家には子供たちの他、不思議な力で壁抜けをした少年こと、親玉のシャーリィ・アフダヒヤがいた。シャーリィはアドルを巻き込んだことを詫び、不思議な力で手かせを外してやると、これ以上関わり合いになるのは止めてほしいと告げた。にもかかわらず、窃盗団の背後にのっぴきならぬ事情を感じ取ったアドルは捨て置けず、シャーリィに事情を訊ね、助力を申し出たが、シャーリィは何も教えてくれなかった。

 自由の身になり、酒場で食事を摂っていたアドルの前に、早耳屋のデュレンが現れた(注2)。アドルはデュレンから悪童窃盗団の情報を買うことにした。それによると、彼らは小村シャテナハデの孤児だった。シャテナハデは森に囲まれた平和な村だったが、三ヶ月前、焼き討ちにより全滅していた。誰の仕業かはわかっていない。生き残ったのは子供たちだけで、ドモスクスで窃盗をして糊口を凌いでいるのだという。
 シャテナハデはヒスラム教が支配する隣国パルサ帝国内(注3)にある。かつては土着の女神アル・アテナを崇拝していたという。

 翌日、アドルもシャテナハデの情報を集めてみたが、めぼしいことはわからなかった。さまよううち、アドルは謎の騎馬集団が、街角で手当たり次第に子供を襲っているのを目撃した。騎馬集団は何かを確かめると子供を捨て、また別の子供を襲うのを繰り返していた。どうやら誰かを捜しているらしい。
 騎馬集団はあまりに強く、街の警備兵が太刀打ち叶わぬほどだった。そして街の誰も、集団の正体を知るものはいなかった。
 やがて巾着を押しつけた子供こと、シャーリィの妹ソーヤが、アドルの目の前で騎馬集団にさらわれた。アドルは騎馬集団の目当てがシャテナハデの子供であると悟る。
 騎馬集団は砂漠を越えて東の彼方に去っていった。アドルはシャーリィに事の次第を報告に行った。

第二章 聖なる森の村

 アドルが隠れ家に向かう途中、デュレンが現れ騎馬集団の情報を売りつけてきた。騎馬集団の正体は黒頭兵団といい、邪神アル・ファザッドを崇拝する信徒だった。かつてパルサ帝国内に本拠地を構え、手荒い方法で勢力を広げる暗殺教団として人々に恐れられていたが、ヒスラム教によって根絶やしにされた。ところが最近どういうわけか復活を遂げたらしい。シャテナハデの子供をさらう理由はわからないが、そのかわり、アブダビという男が司教を務めていることを教えてくれた。
 アドルがシャーリィに事の次第を伝えると、シャーリィは動揺して、一人でソーヤを救出に行くと意気込んだ。しかし一人で太刀打ち叶う相手ではない。アドルは出発を朝まで思いとどまるようシャーリィを説得すると、ソーヤ救出準備のため、街に向かった。

 アドルはデュレンに馬の手配を頼み、かつてアル・ファザッドを奉じていた村、アリバザの存在を訊きだした。デュレンは、暗殺教団にとってアル・アテナを奉ずるシャテナハデは目障りな存在で、それが焼き討ちに関係あるかもしれないと示唆した。
 街角でたまたま遭遇できたのをいいことに、アドルはイブール一家の首領、アルガから剣を借り受け、彼女に隠れ家の孤児たちの世話を頼んだ。
 パルサ王朝出身のアルガは、暗殺教団の噂を知っていた(注4)。司教アブダビは「黒い燃える水」で財を築いた大商人で、アリバザとは何の縁もない。ところが突然商売をたたみ、邪神教の司教に収まったという。アブダビには神憑り的な力が備わり、人を意のままに操ることもできるそうで、かつての使用人や召使いはそのまま信徒になったという。
 隠れ家にシャーリィの姿はなかった。朝を待ちきれず、すでに出発していたのだ。シャーリィを追い、アドルもすぐさま出発しようとすると、イブール一家の末娘テラが現れた。自分を連れていけと激しくせがむテラの強引な態度に負け、アドルはテラを連れて行くことになってしまった。

村人の証、額の刺青を見せるシャーリィ

 二人は猛暑に耐えながら砂漠を横断し、ティグレス川(注5)に到着した。馬で追っているにもかかわらず、シャーリィには追いついていなかった。
 シャテナハデ目指してティグレス川を上流にたどっていくと、一行の前に老婆が現れ、シャテナハデへの案内を申し出た。老婆はシャーリィの祖母オーベラ。シャテナハデの生き残りで、アドルが来ることはすでに知っていたという。オーベラの案内で無事シャテナハデにたどり着いた二人は、そこでシャーリィと再会した。
 オーベラと再会して安心したおかげか、シャーリィはアドルに心を開くようになっていた。シャーリィによれば、焼き討ちは黒頭兵団の仕業だった。その日、子供たちはオーベラの指示で森に隠れていたため、難を逃れられたという。オーベラはアル・アテナを祀る神官で不思議な力を備えており、村の人たちの信頼も篤かった。シャーリィの不思議な力はオーベラ譲りのものだった。
 シャーリィが、ソーヤを救出に行くとオーベラに告げると、オーベラは黒頭兵団がシャテナハデに隠された秘密を狙っていることをほのめかしたが、それ以上の詳細は教えてくれなかった。オーベラはアドルとシャーリィにアリバザの位置を教えると、シャーリィに自分の持てる力の全てを授けると言って、突然消滅してしまった。オーベラが消滅すると同時にシャーリィは昏倒し、そのまま気を失ってしまった。

 シャーリィの容態はなかなか回復しなかった。アドルはテラにシャーリィの看護を任せると、ソーヤを捜しに単身アリバザに向かった。

第三章 悪魔教の地下聖堂

 シャーリィが動けない今、手掛かりを得るには暗殺教団の懐に飛び込むしかなかった。アドルは砂漠越えの長い道中の末、本拠地アリバザの岩山の岩窟を発見した。

 アドルは信徒になりすまし岩窟に潜入した。地下の大聖堂にはアル・ファザッドをかたどった巨神像が据えられていた(注6)。大聖堂は生け贄の儀式の真っ最中で、信徒が多数集結していた。

 儀式の隙をついて岩窟を探し回った末、アドルは捕虜を閉じこめた牢を発見した。彼らによれば、教団は村を襲って得た捕虜を兵隊や奴隷に仕立て上げ、アル・ファザッドの名の下に、ヒスラム教とパルサ帝国を倒そうとしているという。
 ソーヤも牢に捕らわれていた。アドルが事の次第を伝えると、ソーヤは「パンドル」という謎の言葉を発した。
 潜入が発覚したのか、黒頭兵が牢に押し寄せてきた。応戦しつつ脱出口を探るうち、アドルは袋小路の武器庫に追いつめられてしまった。ところが、襲いかかってきた兵士の一人が意外な行動に出た。戦うふりをしつつ、アドルの目的がソーヤ救出であることを確かめると、密かに隠し通路の場所を示したのだ。アドルは隠し通路から脱出を果たし、シャテナハデに帰還した。

 シャーリィの容態は徐々に回復しつつあったが、いまだ前後不覚で、全快までには至らなかった。
 シャーリィを看病するアドルとテラの前に、ヤコブと名乗る壮年の黒頭兵が現れた。彼は本拠地でアドルを逃がしてくれた黒頭兵その人で、シャテナハデの生き残りの一人でもあった。自分一人が生き残り、黒頭兵になったことを悔やんでいたところ、アドルの勇姿を見て決意し、教団を捨て村に戻ってきたのだ。
 ヤコブは前後不覚のシャーリィを目にすると、何とかなるかもしれないと言って、アドルを森に案内した。

 ところがヤコブは森で巨大な切り株を目にして悲嘆した。アル・アテナが宿るご神体の聖樹が、すでに黒頭兵団の手によって伐り倒されていたのだ。聖樹には病を癒す力があり、ヤコブはその力でシャーリィを直すつもりだったのだ。
 ヤコブは驚くべき事実を語り出した。シャーリィはオーベラの孫ではなく、オーベラが聖樹の力で自ら産んだ実の子供だというのだ。
 シャーリィの一族、アル・アテナの神官にとって聖樹は特別な役割があった。聖樹の力で生まれた子供は、アル・アテナの化身だという。高齢だったオーベラは、アル・ファザッドの復活を予見してそれに対抗すべく、アル・アテナの力を継ぐ者として、聖樹の力で急遽シャーリィを産んだのではないか、とヤコブは言った。
 アドルは黒頭兵団が狙う村の秘密について、ヤコブに訊ねてみた。すると、かつてアル・ファザッドの台頭を恐れたヒスラム教の預言者が、アリバザにあったアル・ファザッドのご神体をシャテナハデに預けて封印させたという伝説を教えてくれた。ところがそのご神体を見たことのある村人は誰もおらず、オーベラ亡き今、そのありかを知るものもいなかった。
 ヤコブは生け贄の儀式の目的も知っていた。大聖堂にあるアル・ファザッドの像に魂を吹き込み、動かそうとしているのだという。ヤコブはアドルと共闘することを誓いあった。

泉に潜るシャーリィを追うアドル

 聖樹が倒されてしまっては打つ手がない。シャーリィの容態は相変わらずだった。アドルはソーヤが言っていた「パンドル」の意味が気になっていた。ヤコブによれば「泉」という意味だった。
 森に泉は一つしかない。一縷の望みを託し、一行がシャーリィを泉に連れて行くと、シャーリィは服を脱ぎだし、泉に飛び込んだ。すると湖底に沈んでいた四角い物体から謎の光があふれ出し、シャーリィの身体が不思議な膜に包まれはじめた。

第四章 岸辺の奇跡

 ヤコブはまた驚くべき事実を語り出した。シャーリィはこれから女に変身するというのだ。オーベラを含め、シャーリィの一族は男として生まれ、聖樹の力で女に変身し、一人の男子を産み、その男の子が・・・ということを繰り返して、その力を受け継いできたというのだ。
 シャーリィ変身のきっかけとなった、湖底の四角い物体こそアル・ファザッドのご神体だった。聖樹なき今すでに封印は解けており、事態は差し迫っていた。
 そんなとき、村に兵団長ハシハド率いる黒頭兵団が現れた。アドルとヤコブは応戦し、かろうじて撃退したが、ヤコブが深手を負ってしまった。ヤコブは自分の剣をシャーリィに託すようアドルに言付けして息絶えた。

ヤコブ大往生

 黒頭兵団の目的はヤコブの粛正だったが、ご神体の捜索に乗り出してくるのは時間の問題だった。
 シャーリィを包んでいた膜は、卵の殻のようなものに変化していた。やがて殻が割れると、中から女になったシャーリィが現れた。

 アドルはこれまでの顛末をシャーリィに語って聞かせた。シャーリィは戸惑いを隠せなかったが、とりあえずソーヤを救出に向かうことになった。
 シャーリィは剣の腕は立たなかったが、さらに強力な力を扱えるようになっていた。

 村にアル・ファザッドのご神体を残しておくのは心配だったが、一行はアリバザ目指して出発した。途中で一行は、光る物体がシャテナハデからアリバザへと飛んでいくのを目撃する。ご神体だと思い当たったアドルは足を速めた。

 一行は岩山に侵入する隙をうかがっていたが、入り口付近には信徒が多数繰り出しており、なかなか侵入できなかった。そこでシャーリィが気配を消す術を使い、偵察に行くことになった。
 戻ってきたシャーリィによれば、信徒たちは入り口付近に砦を作っている最中だった。夕方になり、一行はついに潜入を決行した。

第五章 蘇る巨神

 作業はハシハドの指揮の下、突貫工事で進められていた。一行は黒頭兵になりすまし、岩窟に潜入した。再び牢に行ってみると、ソーヤの姿は消えていた。一行はとりあえず捕虜を牢から解放した。

 アブダビはハシハドを呼び出し、工事の完成を早めるよう命令した。アブダビはすでにご神体を手にしており、復活の儀式をすぐにでも始めようとしていたのだ。ソーヤを人質にとった今、アドルも容易に手出しできまいと、アブダビは余裕たっぷりにほくそ笑んでいた。
 突貫工事の末、ついに砦が完成すると、従事していた信徒たちが大聖堂へとなだれ込んだ。そのどさくさでシャーリィがはぐれてしまった。さらに悪いことに、アドルとテラの潜入がハシハドに見つかってしまった。
 岩窟の中をしゃにむに逃げ回った末、アドルとテラは大聖堂のアル・ファザッド像の上にたどり着いてしまった。

 その頃シャーリィは地下聖堂にいた。聖堂ではアル・ファザッド復活の儀式が始まらんとしていた。シャーリィは舞台の煮えたぎった大鍋の上に、ソーヤが吊されているのを見つけると、矢も盾もたまらない気持ちに駆られたが、アドルが動くまで機会をうかがうことに決めた。
 やがてアブダビが現れ儀式が始まった。アブダビがご神体を巨神像の額に埋め込むと、像が動き出した。そしてとうとう、ソーヤが生け贄として捧げられることになってしまった。

修羅場と化す地下聖堂

 その瞬間、シャーリィが飛び出しアブダビに詰め寄ったが、ハシハドに阻まれた。ハシハドはソーヤを示してシャーリィを牽制した。
 ところがそのとき、巨神像の上からアドルが現れ、ソーヤを解放した。アドルとシャーリィは壇上で黒頭兵相手に暴れだした。
 一方、テラを載せたまま、巨神像が外へ向かって動き始めた。アブダビはその力で反撃するつもりなのだ。
 教団の拡大のためには、アル・アテナの化身たるシャーリィ一族の存在が邪魔だった。村を焼き討ちにし、聖樹を切り倒したハシハドはシャーリィの仇だった。ハシハドの剣技に圧倒されるシャーリィ。もはやこれまでというとき、シャーリィはハシハドめがけて火球を放った。火球の直撃を受けたハシハドは、火だるまになって煮えたぎる大鍋の中に落ちていった。
 シャーリィは残る仇、アブダビを追って外に出た。アドルは大聖堂に火を放ってから、それに続いた。

 巨神像の威力は凄まじかった。テラの指示でかろうじて逃げ回るのがやっとで、シャーリィとアドルは苦戦を強いられていた。形勢逆転しようと、アドルはシャーリィの力で巨神像の肩の上に移動すると、ご神体を像から外そうと額に剣を突き立てた。しかしなかなか歯が立たず剣が折れてしまい、しかも一行は像から振り落とされてしまった。
 剣を失ったアドルに男の声が聞こえてきた。

 声の主はイブール一家の長兄と次兄、ディオスとノティスだった。警備隊に取り上げられたクレリアの剣を奪い返し、アドルに渡すためここに来たのだ。
 ディオスとノティスの協力を得て再び巨神像に登ったアドルは、クレリアの剣をご神体に突き立てた。するとご神体は消滅し、巨神像も完全に停止し崩れ落ちてしまった。
 これでは収まらず、アブダビは最後の抵抗を試みたが、シャーリィの手によってついに倒された。黒頭兵団は戦意を失い、岩山から散り散りに逃げていった。

 倒されたアブダビの口から、一匹の毒蜘蛛が現れた。それこそアル・ファザッドの化身で、アブダビを操っていたものの正体だった。アドルとシャーリィは逃げようとする毒蜘蛛を剣で突き刺した(注7)。ここに邪神は滅び去ったのだ。

エピローグ

 廃屋では窃盗団の子供たちが出発の準備を整えていた。これからシャーリィとともにシャテナハデを再興するのだ。すっかり女らしくなったシャーリィは、アドルに丁重に礼を述べると、子供たちを連れてシャテナハデへと帰って行った。
 別れの余韻に浸るアドル。ところがドモスクスに長居はできなかった。警備隊からクレリアの剣を奪った容疑で、アドルはお尋ね者になっていたのだ。別れの余韻はどこへやら。かくしてアドルは新しい冒険へと旅立つのである。


解説

 本作は前作「滅びしものの幻影」同様、作者が創作した新しい冒険物語を描いていますが、その質は前作とは相当異なっています。
 以前述べましたように、前作は実質的に「イースIV」、飽くまで以前の設定を再利用して、既出の人物を再登場させることが主眼の作品でした。一方本作はうってかわって、以前の設定はあまり現れず、まるきり新しい冒険が描かれています。アドルをはじめ、以前登場したイブール一家とデュレンこそ登場していますが、主に活躍するのは本作のみの人物シャーリィで、敵対するのは新たな敵の暗殺教団です。話の性格は「イースIV」ではなく、「イースVI」に近いものになっています。
 ただ取り憑かれただけなのに殺されるアブダビに救いがない、ハシハドの人物が今ひとつわかりづらい、シャーリィが女らしくなるのが急激すぎるといった粗もあり、もうちょっと深みがあってもよかったような気はしますが、話そのものはまとまりもよく、無難な出来となっています。
 本作は小説としては取り立てて目立つところもないのですが、これまでと世界観を共有しつつ、「再利用」でない、全く異なる話を繰り広げた点は、世界観の奥行きを広げる試みとして、注目に値するものでしょう。

 シリーズの売りの一つにその世界観が挙げられますが、その割に「ワンダラーズ」以降の作品では、世界観はさほど評判になっていません。ゲームの場合「フェルガナ冒険記」編以降の作品は物語部分が弱く、賛否両論の対象となっています。ファンの間ではフィーナやリリアこそ圧倒的な知名度を誇りますが、リーザやオルハなどなど、以降のシリーズのヒロインとなると途端に影が薄くなります。「ワンダラーズ」以降、世界観を深められなかったのは、シリーズの失敗の一つと言ってよいかもしれません。

 この路線でもっと外伝が続いて欲しかった気もするのですが、残念ながら作者による外伝は本作で終わっています。飽くまでゲームの小説版であるため、本編からかけ離れた物語が創作できないことは、作者が「滅びしものの幻影」の後書きで述べています。何よりもこの時期、「ファルコムクラシックス」や「イースエターナル」制作中という話題こそありましたが、シリーズの勢いは完全に衰えていました。

 2004年、同じ大場惑氏による小説版「イースVI」が発売されました。7年ぶりの大場版「イース」となりましたが、内容は従来の小説版と変わりなく、ファンの間で大きく話題になることもありませんでした。


脚註

注1・作者の小説版では、アドルはエステリアを離れた後でも、エステリアで手にしたクレリアの剣を愛用していることになっている。

注2・デュレンは作者の小説「イースIV」で死んでいるのだが、外伝「滅びしものの幻影」では何の説明もなしに生き返っており、本作にも登場している。自分が殺したことを完全に忘れているらしい。

注3・パルサ帝国(王朝)の名前は「グローバルガイドブック」に現れる。エウロペの東、オリエッタ地方にある国で、一神教の神を崇拝しているという設定。本作ではこれをなぞらえているが、公式設定では今のところ、この名前は出てこない。

注4・アルガ率いるイブール一家がオリエッタ地方出身であることは、「イースV」原案小説でも描かれている。

注5・「イース」収録のプロローグ小説によれば、アドルが踏破した地域の東端はティグレス川ということになっている。作者がこれを意識していたかどうかは定かでない。ついでに、オリエッタの名前は件のプロローグ小説にも見えている。

注6・プロローグに現れた岩山は、このアリバザの岩山のことで、アブダビが見たのはアル・ファザッドの像。

注7・プロローグに出てきた謎の生物とはこの毒蜘蛛のこと。

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