イース古代史〜「イースグローバルガイドブック」から

 「イース」が物語重視の作品であることはご存じかと思われますが、そのためか「イース」を扱った書籍はいわゆる攻略本のみならず、世界観に触れたものも多いです。物語の背景、登場人物をはじめとする種々の設定などをひっくるめてここでは世界観と呼んでいますが、「イースグローバルガイドブック」は、そうした「イース」「イースII」の世界観を解説した本です。記述はアイテム、魔物、登場人物、地理と詳細多岐に渡りますが、中でも興味深いのはゲームではあまり描かれていない、イースの歴史を詳細に述べていることです。今回はこの本に現れるイースの歴史を紹介します。


基本データ

「イースグローバルガイドブック」

グローバルガイドブック表紙
  • 発行 89年8月18日
  • 出版 冬樹社
  • 制作 ヘッドルーム出版
  • 定価 1456円(税別)
  • ISBN4-8092-8010-1 C0276

アドル=クリスティン 冒険に生きた男の生涯(抄)

アドル出奔

 西暦742年7月初旬。エレシア大陸の西端、エウロペ地方のとある山村に、一人の男の子が生まれた。アドル=クリスティンである。彼は小さな頃から快活で、好奇心が強く、未だ知らぬ遠い国をいつも夢みているような少年だった。
 アドルが16歳になった年。名もない旅人が村にやってきた。男はアドルに、自分が体験してきた数々の不思議な出来事を話して聞かせた。数日後、再び旅立ってゆく男はアドルに言い残した。耳で聞いたことを信じるな、自らの目で見たものだけを信じよ、と。翌年、アドルは17歳の誕生日を迎えると、とうとう旅に出る決心をした。
 最終的に彼が踏破した内の最南端はアフロカ大陸の中心部で最東端は古代文明発祥の地、オリエッタ地方のティグレス川だったという。彼は精力的に様々な地を訪れたといわれ、ひとつところに長いあいだ滞在しようとはしなかったことを考えると、いかに異郷の地に憧れていたかがよくわかる。
 最後には北極点到達を目指したと言われているが、これは失敗に終わったようである。晩年になると彼は生家のあった村へ帰り、自らの物語を冒険譚として数冊の書物を記すことに余生を費やした。
 この世を去ったのは、63歳の春だった。彼は、未だ見ぬ新たな世界へ向けて、最後の旅に出たのである…。


アドル=クリスティン その冒険史年表(抄)

エウロペ地方
冒険の舞台エウロペ地方

アドルの冒険と生涯西暦世界文化史
約前250イースの大地、誕生す。
前150イースに2人の女神降臨。
前 4キリスト生誕
25仏教、中国に伝来。
55クレリア生成の副産物として
”魔”が誕生する。
60女神、イースより姿を消す。
552仏教伝来
655魔族の手によりイース滅亡。
新国エステリア誕生。
アドル=クリスティン、エレシア大陸の西端
エウロペ地方に生まれる。
744
751紙製法、西に伝わる。
755ダルク=ファクト、エステリアに出現。
アドル初めて冒険に出奔。エステリアへ足を踏み入れる。
アドル16歳「失われし古代王国」
758
770サラセンの黄金時代。

「アルタゴの五大龍」

「セルセタの樹海」

「砂の都ケフィン」

北極点到達を目指すも失敗。799
エウロペの生家に戻り、かつての冒険の数々を
冒険談として執筆。
800
アドル、生家にて死去。享年63歳。805

注:アドル誕生が744年となっているのは742年の誤植と思われる。また図上の「エウロパ」は「エウロペ」の誤字。


イース古代史抄出

イース・誕生物語

イース創造

 1000年前。上には風が、下には海がありました。山や野原はどこにも見えず、ただ渦巻く混沌の海だけが命を持っていました。そこにある日異変が起こりました。天界から稲妻が放たれたのです。すると混沌の海は真っ二つに割れ、中から真っ赤な炎が吹き上がってきました。
 炎は消える前に大小二つの島を残しました。水は島に恵みの雨をもたらしました。このようにしてイースの大地は海の中から生まれたのです。


女神降臨〜恵みの時代〜

女神降臨

 女神たちにはフィーナとレアという名がありました。多くの神々が地球全土の覇権を争っていたのに対して、彼女たちの願いはささやかでした。二人だけで治められる小さな国と少しの良民。二人はにごっていた下界の海に目がけて稲妻を放ちました。
 一条の光に乗って、二人の女神が降りてきました。二人は全土に恵みの光を放ちました。光は土の中や岩間に残っていた水の泡に触れ、多くの命を宿しました。
 生命の息吹を吹き込まれた泥人形は人間となりました。女神たちが薄絹を着ているのに対し、彼らは裸でした。陽炎からは植物が、波のしぶきから動物が生まれました。人は生きるためにそれらを食べましたが、それ以上に殺しはしませんでした。そこは何の悩みもない楽園でした。


神聖なる血統〜6人の神官の選出〜

六神官

 そして100年。人間は動物のように暮らしていましたが、それに満足しなかった女神は人間に知恵を授けることにしました。そして人々にこの世で最も偉大なるものは何か、と問いかけると、それに対して六人の者が返答しました。
 六人はそれぞれ時、力、光、大地、知恵、心と答えました。女神は各々にそれらを意味する言葉、メサ、トバ、ダビー、ハダル、ジェンマ、ファクトを名前として与えました。
 こうして女神は六人を神官として選び、それぞれを象徴する能力と永い命を授けました。多くの人間、動物、植物にも名が与えられ、大地にもイースという名が付けられました。それは真理という意味でした。


サルモン神殿の建立

建設工事を指揮するサルモン

 人々が増えてくると女神を見失ってしまう者が出てきました。すると彼らは女神に隠し事をするようになっていきました。女神は全ての人に居場所が分かるようにと、神殿を建てようと思いました。
 女神が神殿を建てようと話し合っていると、海辺で砂をこねて遊んでいる男に出会いました。その名はサルモン、平和という意味を表しています。二人は人間にも創造的な知恵を持つ者が出てきたことを喜びました。二人は人間の知恵を見てみたくてサルモンにすべてを任せることにしました。人々は汗を流して山頂に大きな館を築き上げました。その間に月が12回満ち欠けし、360日の歳月が過ぎ去ったのです。
 女神は人間達にお礼がしたくなって、新たな真理を彼らに与えようと思いました。しかし自分たちの技は全て教えつくしてしまったので、新たなる探求の旅に出なければなりませんでした。1日目は大地、2日目は空、3日目は天界、4日目は冥界を探しました。しかしどこにも彼女たちが知る以上のことはありません。そして最後の日、彼女たちは海に向かいました。この5日間、地上からは女神の姿が消えてしまったのでした。


黒い真珠の生成

貝と黒真珠

 海の底には彼女たちの知らなかったものがひそんでいました。大いなる神が海と空を創造した時から生きながらえている、天からの滴を飲み込んだ大きな貝でした。天からの滴はこの真珠貝の中で大きな黒真珠となったのです。二人が貝に「あなたの宝物を私たちにくださいませんか。」と語りかけると、貝は「あんたがたの薄絹をもらおうじゃないか。それがなければ、天界へは帰れまい。それでも交換する覚悟があるかね。」と言いました。二人は地上の人々を思い起こし、覚悟を込めてうなづきました。二人は薄絹と引き替えに黒真珠を手にして、人間のもとに返っていきました。


6つの魔術

魔法を試すトバとファクト

 6日目の朝日と共に、女神は海から帰ってきました。人々はこの日を記念して1年の初めの日と定め、また1年の長さを、サルモン神殿の建立にかかった360日に女神不在の闇の5日間を加えて、365日としました。戻ってきた女神は裸でした。それは完璧に美しく、人々は自らの身を見て恥ずかしくなりました。そして神官達の提案で、人間は身体を衣服で隠すようになったのです。
 黒い真珠はその力を内部に秘めていました。女神たちが念をこめると、魔法の宝玉は虹色に脈動しました。この力を解放することには二人ともかすかな疑問を抱いたのですが、これ以外に人間に授けるべき新たな知恵はもはやありませんでした。
 女神はその力を”魔力”と名づけました。魔力は人間の心の動きに敏感に反応し、その願いをかなえてくれる不思議な力でした。黒真珠から生まれた七つの光は、それぞれ七つの魔力をあらわしていました。その力はあまりにも大きく、一人の人間がそのすべてを使いこなすことはとても無理なことでした。そこで女神たちは神官とサルモンを呼び出し、それぞれに一つずつの力を与えたのです。イースは魔力によって守護され、何者にも侵されぬ偉大なる国へと成長していきました。


錬金術〜クレリアの生成

クレリア鋳造実験に励む神官たち

 サルモンは魔力を何につかっていいかわかりませんでした。ある時、彼はこれ以上はないというくらいの女神像を作り上げました。彼はこの像が動き出したらなんて素晴らしいのだろうと思いました。その瞬間魔力が女神像に流れ込みました。女神像は涙を流し、それは魔力を秘めた小さな真珠となったのです。サルモンは魔力を封じることによって、物質の性質をかえてしまうという方法を知ったのです。
 サルモンは神官たちに協力してもらい、魔力を封じ込める実験に夢中になりました。中でも銀色の金属クレリアは魔力によく馴染みました。神官たちはサルモンによって発見された技術を自分の魔術に応用する研究も始めました。神官の力を封じ込めた六つの杖をはじめとする多くの魔法の品々が生まれ、誰もが簡単に魔法を使える時代がやってきたのです。


イースの栄華

サルモンの神殿

 リターンの魔法を有するハダルは、新たなる土地へ足を踏み入れました。彼がクレリアを使って見せると、新世界の住人はそれを譲ってくれないかと持ちかけてきました。
 こうして外の世界との交渉が始まりました。イースは次第に富を蓄積し、人々の暮らしも豊かになっていきました。神官たちはイースを秩序ある国にするため、紋章や制度、法律、儀式の方法などを定めました。女神と六神官のもと、イースは100年に渡る黄金時代を迎えます。ただそうした中で、女神ではなく富を崇拝する人々が出てきたことが、唯一悲しむべき事だったのです。その100年の間にサルモンは亡くなっていました。


魔の襲来〜思わぬ誤算〜

魔軍襲来

 彼らがなぜ生まれてきたかはよく分かっていません。黒真珠が発した見えない光が地に注がれて命をもったのだとある者は言い、またある者はクレリアを生んだ魔力を封じる実験の残滓から発生してきたとしています。ともかく、魔物たちは前触れもなくある日突然やってきたのです。彼らは通常の生き物とは全く異質でした。それでいながら、魔法をもあつかい、人間並の知能を持っているのです。
 魔物の出現により、人々の生活は少しずつ脅かされていきました。人々は疑心暗鬼に陥り、その暮らしはすさんでいきました。


魔界大戦

魔物を食い止める六神官

 魔物たちの勢いはとどまるところを知りませんでした。それは六体の巨大な魔神に率いられた軍隊だったのです。平和を愛していたイースに、軍隊などありはしません。魔物はいとも簡単に人間たちを打ち破っていきました。
 神官たちは魔力を結集し反撃を開始しました。しかし敵も同じような魔力を持っていたことは大きな誤算でした。ぶつかり合った魔力は国土を荒廃させ、人の住めない国になるばかりです。ジェンマは敵の魔力がクレリアに依存している事実を探り出し、神官たちはクレリアを地の底深く沈めました。魔物の発生は止まりましたが、いまいる敵に対しては手の打ちようがなかったのです。


イース分裂

イース浮上

 人々はサルモン神殿に逃げ込んでいきました。もはやこの砦を守る以外の力はありません。六体の魔神はゆっくりと神殿に近づいてきました。ファクトは不眠不休で神殿全体に魔法の壁を発生させていました。
 魔神の一人ダレスが、ファクトの精神に向かって直接攻撃を仕掛けてきました。ファクトは不意をつかれ倒れました(このとき、彼の血統に邪悪なる魔の力がしのびこんだとも言われています)。神官たちは最後の手段として、サルモンの神殿を雲の上にまで舞い上げ、魔軍の追っ手をふりきることにしました。それには黒真珠の全ての魔力を解放しなければならず、それはイースの未来に対する遺産を、全て使い尽くすことを意味していましたが、他に選択の余地はありませんでした。


悪魔の塔・ダーム

ダームの塔

 やがて人々は、自分たちが雲の上に抜け出たことを知りました。みなが暗黒時代は終わったと思い込んでいました。しかし、地上では天界攻略の作戦が練られていたのです。
 ジェンマはテレパシーの呪文を使って地上に残った人々と交信し、地上に真っ黒い塔が建ちはじめたことを知ります。ダームの塔と名付けられたそれは日一日と天に向かって伸びていきました。そしてついには塔をのぼり、魔物たちが再びイースにやってきたのです。


女神の失踪〜光の消失〜

女神の失踪

 すべての終わりが近づいていました。魔物は執拗に神殿に飛びかかってきます。すでに多くの魔法が使えなくなっていた神官たちは決死の覚悟でこれを迎え撃ちました。
 人々は神殿に逃げ込みました。人々も神官たちも祈るよりほかになすすべはありませんでした。人々を照らす光が二人の女神だけになってしまった時、その光もまた不意に消え、あたりに静寂と暗黒が満ちあふれました。
 二人の女神は魔物の待ち受ける神殿の外へと飛び立ちました。その手には、神殿の奥底に眠っていたはずの黒真珠が、しっかりと握られていたのです。
 やがて窓から光が差し込んできました。人々は目を疑いました。世界は光をとりもどし、魔物たちの姿は消えていたのです。しかし二人の女神の姿も消えていました。神官たちは女神が魔王と刺し違えたことを悟りました。危機は去ったものの、女神を失ったイースはもはやイースとは呼べませんでした。人々はただ日々を嘆いて暮らしました。


文明の崩壊

廃墟

 魔物のいなくなった今、神殿が天に浮かんでいる理由はなくなりました。神官たちはイースを地上に戻そうと思いましたが、黒真珠が安置されていたはずの部屋は空っぽだったのです。やがて神官たちは自分たちの死期を悟り始めました。イースの歴史が忘却されることを恐れた神官たちは、それを六冊の書物にまとめることにしました。そしてその書物を地上の子孫たちの元に送り込んだのです。偉大なる魔力を秘めた者が、いつかこの書を読み、天界の神殿を地上におろしてくれるよう願いを込めて。
 人々は魔法がなくなった瞬間、未開の生活に戻らざるを得ませんでした。地上の人々は神官の家系を除いて、忌まわしい過去を忘れてしまいました。やがて島国の外からロムン帝国の侵略軍がやってきました。帝国に併合され、イースにはエステリアという名が冠せられたのでした。


銀山の発見〜2度目の栄華〜

銀の採掘

 ロムン帝国がエステリアに目を付けたのは、魔法の金属が目当てでした。帝国のグリア総督はプレシェス山に坑道を掘らせ、求めていたものを発見します。
 それは帝国では銀と呼ばれていた金属でした。銀山が発見されたおかげで、エステリアは帝国の銀の3分の1をまかないました。一攫千金を夢見る男たちも次々とやってきました。エステリアはにぎやかな土地となりますが、その中には魔物もまぎれこんでいました。
 坑道はさらに深く掘られました。坑道の最深部には人工物の部屋がありました。部屋には二つの台座にしつらえられた少女の像があり、うち片方が黒真珠を抱え込んでいたのです。


魔・ふたたび

ダルク=ファクト

 銀が採掘されるようになってから、エステリアに黒いマントの男が現れます。イースの神官の血を引く者ダルク=ファクト。イースの本を六冊集めた者がイースを統べるという伝説のとりことなった彼は、密かにクレリアとイースの本を集め始めました。彼は鉱山で発見された少女像が、黒真珠を封印した女神であることを確信しました。
 ダルク=ファクトは女神の部屋へと踏み込み、黒真珠を解放するに至りました。その瞬間魔物たちが目覚め、鉱山から人里へ進撃していきました。


光と闇の復活

協力者の面々

 黒真珠は魔王として実体化し、地上の平定をダルク=ファクトに任せると天空に旅立ちました。黒真珠の復活とともに女神もまた覚醒しましたが、その一人はとらわれの身となり、神殿の地下牢に閉じこめられました。
 もう一人の女神レアは地上目がけて飛翔し、神官の子孫達に危機を知らせる念を送りました。彼女はこのとき、神官の子孫達が天界と地上に分かれて住むようになったことを知ったのです。このままでは魔に対抗できません。女神はイースの外に目を向け、勇者を捜し求めました。魔王はエステリアを嵐の結界でつつみました。女神は結界に向かう少年アドル=クリスティンの姿を見つけます。その勇気と知恵に惹かれた女神は、神官の子孫達にアドルを助けてイースを救うよう願いました。


自由への戦い

アドル・クリスティン

 赤毛の剣士に力を貸しなさい。いちはやくそのメッセージを受け取ったのは占い師サラ=トバでした。女神レアもあの勇敢な少年を助けようと自ら人間に身をやつしました。
 そしてアドルは残る女神を解放し、魔を一掃し、天と地を一つにし、新しいイースを築き上げたと言われています。彼は新しい指導者にと推薦されましたが、新しい冒険を求めてイースを飛び出してしまいました。その後数百年間、イースは最後の栄光の時代を迎えました。そしてある日突然、海の底に消えてしまったのです。イースの物語はこれでおしまいです。


地上におりたイース(抄)

エステリアを去るアドル

 アドル=クリスティンのおかげで魔物たちは地の底に姿を隠しました。黒真珠は二人の女神に封じ込められ、全土から怪しい影が消え去りました。アドルはイースで知り合った人々に別れを告げ、旅立っていきました。彼が再びこの地を訪れることはありませんでした。
 後に残された人々は、力を合わせてイースを再建しなければなりませんでした。アドルが集めた財宝は、みな正当なる持ち主に返され、末永く伝えられました。新しい指導者は六人の神官の中から選ばれました。眠る女神をさまたげないよう廃坑は埋められました。アドルと神官たちの業績は子々孫々に伝えられました。
 リリアがその後どうなったかは正確な伝承が残っていません。アドルを追って大陸に渡ったとも、病に倒れて亡くなったとも言います。もしかしたら別の誰かと恋をし、結ばれたかもしれません。それから数百年後、イースは海底に水没するのです。今でもグリアの海岸に立って海をながめてみると、波間に巨大な山の上の神殿と黒い塔の幻が見えることがあると言います。

(適宜中略および書き直し)


解説

 「グローバルガイドブック」は非公式設定本です。本のどこを見ても、ライセンス表示がありませんので、日本ファルコムの関与はないものとみてよいでしょう。山根ともおさんや宮崎友好さんといった、発刊当時日本ファルコムから離れていたオリジナルのスタッフも関与していなかったようです。ゆえにこの本に現れる記述が、制作者側の後ろ盾を得ているという確証はありません。非公式設定本である最大の理由です。
 その記述はおおむねゲーム付属のマニュアルやゲーム中のテキストをふまえた上で、ゲームに現れない部分を補う形で書かれています。ゲームとの一番の違いは、六神官に続く七人目の賢者「サルモン」の存在です。名前はおそらく「イースII」の最終ステージ「サルモンの神殿」からとったものと思われます。女神に造形の才能を買われ、サルモンの神殿を造営し、魔力によりクレリアを鋳造した人物とされています。もちろんゲーム中にはいっさい登場しません。
 本の記述には若干あらが目立ちます。例えばゲーム中では、アドルは16歳で旅立ち17歳でエステリアを訪れたとされています。ところがこの本では、アドルの旅立ちが17歳だったり、別のページではエステリア訪問が16歳だったりと一致しません。また、現在では定説となっている「ダームははじめから地上にいて、廃坑の奥からどこにも移動していない」という設定も知っていたかは定かでありません。資料に厳密でもなく、根拠に乏しい部分も多いため、かんがみるに、飽くまで案内書の体裁を取った二次創作と言った方が的確と思われます。
 本書に携わったライター・とみさわ昭仁さんは2019年にTwitter上で、本書の制作事情を少し明かしています。曰く、編集プロダクションを通じて執筆依頼が来たそうで、その際「資料のない部分は適当に設定を考えてよいと日本ファルコムが言っていた」と、編集プロから説明を受けたのだとか。同じく制作に携わったわだつみれうさんも、同じ説明を受けたと語っていますので―それが本当に日本ファルコムの方針であったかどうかは不明ですが―編集プロから「資料のない部分は適当に考えてよい」という指示があったことは確かなようです。そうした事情を踏まえれば、本書に現れる設定の数々がゲームに現れるものとも相当に異なっているのもむべなるかな、と言えるでしょう。

 しかし、この本はその後のシリーズに無視できない影響を与えています。「イースIIエターナル」発売時、日本ファルコムホームページで「イースの伝説」としてこの本と同じものが紹介されるという事件が起きました。すぐに削除されたものの、この件から「イースエターナル」シリーズもこの本を多少なりとも意識して作られたことは確かでしょう。
 また、大場惑さんの一連の小説版「イース」、PCエンジン版「イースIV」、TRPG「イース」はこの本を参考にしています。非公式ながら、当時「失われし古代王国」の世界観を総合的に記述した唯一の本だったため、後年のリメイクや各種二次創作の参考資料となったようです。

「グローバルガイドブック」エステリアの住人
登場人物紹介ページから。イラストをふんだんに交えつつ述べられる世界観には、「非公式」ながら魅力的な記述も多い。

 「ゼビウス」「ディーヴァ」などなど、「イース」以前にも世界観に凝ったゲームはありましたが、その頃はまだ世界観そのものを楽しむことは主流ではありませんでした。「イース」が世界観そのものを楽しむゲームの嚆矢であって、その成功を受けて80年代末には似た傾向のゲームが数多く登場してきたことはこれまで何度か書いてきたとおりです。日本ファルコムとは関与の薄いところで世界観解説本「グローバルガイドブック」が生まれたことは、それだけ「イース」の世界観が当時のゲーマーを魅了したことの証とも言えます。
 「失われし古代王国」の世界観は想像の余地が大きく(註1)、プレイヤーは作中に現れない部分を思い思いに想像して楽しむことができました。ファンそれぞれに「自分のイース」とでもいうべき解釈があって、他のファンの「自分のイース」に触れることも「イース」の主要な楽しみ方でありました(註2)。

 しかしインターネットが普及していなかった当時、そうしたことができる場は非常に限られていました。もっと「イース」の世界を知りたい。様々な解釈に触れて「イース」の理解を深めたい、名作の魅力を共有したい語り合いたい。当時のイースフリークなら誰しも持っていた願望です。そんな時期に現れた本書は、オフィシャルなものではありませんでしたが、ファンの欲求に非常に合致していたと言えますし、要望に応えるように現れるべくして現れたと言ってよいのかもしれません。本書に現れる設定は、ゲームとも異なり、時に矛盾をはらむものでありながら、ゲーム同様神秘的でその雰囲気を壊すものでもなく、「イース」の世界観に飢えていたファンにはおおいに魅力的だったのです。「ひょっとすると本当にこんな歴史だったのかもしれない」と。

 世界観でも高い評価を得たことを背景に、「イース」はメディアミックス展開に乗り出します。ところが、それは一方で世界観とゲーム性との乖離を招く諸刃の剣でした。世界観の切り売りはゲームそのものを置き去りにしかねません。例えばそれはキャラクターグッズの濫発であったり、あるいは繰り返される続編やリメイクだったりします。「イース」シリーズに限らず、こうした展開はその後広くゲーム業界に浸透していくのでした。
 ゲームのメディアミックスへの道を切り拓いたのは「イース」の大きな功績ですが、反面、付加的な要素を過剰なまでに売りにする商法に先鞭を付けたことは「イース」の罪の一つとして数えられるのです。

 なお、03年秋に「イースVI」と日本ファルコム公認解説本「イース大全書」が出たことで、「グローバルガイドブック」に現れる古代史の大部分は否定されることになりました。そして2006年の「イース・オリジン」の登場により、完全に沈黙するに至ったのでありました。


註1:PCエンジン版の主要スタッフ・岩崎啓眞さんは、当時を知る開発者への聞き取り調査を重ねた知見から、主に世界設定を担当したのは山根ともおさんだと証言している。ただし山根さんは設定を作り込むのは好きだったが、それでなにか物語やメッセージを伝えるという意図には乏しかったらしい。それに凝った設定を作っても、当時のホビーパソコンの性能や制作日程では、それを存分に提示できるほどの余裕はなかった。鑑みるに、この「想像の余地」は企図して仕組まれたものではなかったのかもしれない。

註2:ファンによる数々の雑誌投稿イラストが人気を博したのも、その現れだろう。その代表格がME-CHAN。

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