「イース」で好評を博したものの一つにその登場人物があります。
80年代末期、「イース」の登場を受けて、物語や人物設定に凝ったゲームが数多く発売されるに至ります。それは「このキャラクターはかわいい」とか「このキャラクターの生き様には惹かれる」といった具合にゲームの登場人物に肩入れするという、アニメや小説に似た楽しみ方を定着させました。ゲームをネタにしたパロディ二次創作が盛んに出版されはじめたのもこの頃です。
今回取り上げるみのり書房の「ゲームプレイヤーコミックス」は、そうした時代に出版された、二次創作中心のゲーム系漫画ムックです。1991年から翌年にかけて全7号が刊行されていまして、「イース」のパロディ漫画もいくつか収められています。
今回はその中から特に、知る人ぞ知る、中瀬ひろき氏の「リリアのカエルまくら」シリーズを取りあげて紹介いたします。
ある日リリアは、アドルが倒れているのを発見する。助け起こそうともせず、問答無用でアドルの上に飛び乗るリリア。アドルは苦しさのあまり「グエエーッ」とカエルに似た呻き声を挙げたが、それを面白がってリリアはアドルをさんざんオモチャにして遊ぶのだった。
リリアはアドルのことを、どつきながら眠ると、カエルがたくさん出てくる楽しい夢が見られる「カエルまくら」としてしか見ていなかった。しかしバノアはアドルがイースを救いに来た勇者であることを見抜き、リリアからアドルを奪おうとする。親子は綱引きのごとくアドルを引っ張りあったが、リリアが引き抜いた瞬間、勢い余ってアドルは壁に頭を強打して絶命した。
「カエルまくらこわしたーっっ」と相変わらず事の重大さに気付かないリリア。遺体を壁に押し込めて証拠湮滅を計るバノア。
その後イースが魔の手に落ちたのは言うまでもない。
バノアはアドルにリリアが病気で余命いくばくもないことを打ち明け、フレア=ラルの捜索を依頼するが、アドルはにべもなく断った。カエルまくらにされたことが相当嫌だったらしい。リリアの病気とは、頭身が縮んでやがて頭だけになって死ぬというものだった。しかしアドルはリリア病気前の美少女だった姿にのぼせ上がり、リリアをモノにすべく、一転してフレアを救出に行った。
かくしてリリアは元の美少女に戻ったが、性格は全く同じままだった。リリアの恐ろしい性格は病気のせいではなかったのだ。リリアは以前と同じようにアドルに襲いかかった。
逃げ出すアドル。「世界の果てまででも追いかけてつかまえてやる!!」と息巻くリリア。
アドルのその後は定かでない。
結局アドルはリリアに捕まり、カエルまくらとして虐待されていた。アドルはリリアから逃れるようにエステリアを後にした。その後アドルはレドモントを訪れたが、街に美少女がいないのにお冠だった。そこにエレナが現れる。エレナはチェスターの家出で頭がおかしくなり、若い男を見れば兄と思いこむようになっていた。アドルは下心丸出しでチェスター捜索に乗り出した。
数々の苦難をはねのけ、アドルはチェスターを連れ戻すが、エレナを前にしてチェスターは衝撃の事実を告白する。エレナは実の妹ではない。そしていつの間にかエレナを女性として愛するようになっていたのだと。自分も男としてチェスターを愛していたと告白するエレナ。突然両想いであることが発覚しショックを隠しきれないアドル。
一方、リリアがすぐそばまで迫っていた。間もなく自分にさらに大きな災いが降りかかることを、アドルはまだ知らない。
舞台は「ウルティマVI」のブリタニア。危機に瀕したブリタニアに異世界より聖者アバタールが召還されたが、この世界に来た時のショックで記憶を失っていた。どういうわけかそこに突然現れ容赦なく襲いかかるリリア。どついても「グエエーッ」と言わないので「カエルまくらじゃな〜いっ!!」と泣きながら去っていった。
それはさておき、アバタールの目にはジプシーの踊り子が映っていた。その舞いに惜しみない拍手を送るが、なんと踊り子は見物料を要求してきた。あいにく持ち合わせはない。金がないなら体で払えということで、アバタールはジプシーの一座に弟子入りすることになってしまった。
厳しい特訓の末、アバタールはブリタニア有数の芸人となった。そこにかつての仲間デュプレが現れ、アバタールに話しかける。「やっぱりこの世界に来てたんだな! 王が首を長くしてお前を待ってるぜ!!」 ブリタニア王ロード=ブリティッシュは世界を救う勇者アバタールの到来を待っていたのだが、本来の使命はどこへやら、ついに王から声がかかるほどの芸人になったと喜ぶアバタール。一世一代の芸を披露するぞと意気を上げるのであった。
一方、リリアはとうとうアドルを発見し、ハンマー片手に追い回すのだった。
エレナはカエルの鳴き声にアドルを思い出していた。「どこかの空の下で冒険を続けているんだわ…」と。
そのころアドルは、相変わらずリリアに追い回されていた。崖っぷちに追いつめられ、逃げ場を失うアドル。リリアはハンマーを片手にじりじりと迫ってくる。破れかぶれでアドルは崖から飛び降りた。リリアはまたしてもカエルまくらを捕り逃したのだった。
ところ変わってある小さな村。子のない夫婦、ライオネルとクリスチーネは流れ星に子宝が授かるようにと願いを掛けていた。突然クリスチーネが、茂みで眠っているリリアを発見する。夫婦は神様が願いを聞き遂げてくれたのだと喜び、家に連れ帰った。
一方アドルはベッドの上で目を覚ました。名もなき美少女に保護されていたのだ。突然少女に言い寄るアドル。ときめいてしまう少女。アドルは「あの女、モノにできる!!」と不埒な欲望を燃やすのであった。
夫婦の家で一息ついたリリアは、さっさと家を出ようとしていた。夫婦はリリアに家の子供になってと頼むが、リリアは呆気なく断った。「それともおじさん(カエルまくらに)なってくれる?」との問いに、子供ほしさにライオネルはうかつにも「いいとも!!」と答えてしまった。ハンマー片手のリリアの目に邪悪なものが浮かび上がる。
「夫婦の運命は!? アドルはリリアの追撃をかわし、あの少女をモノにすることができるのだろうか?」
ライオネルはカエルまくらのなんたるかを知らなかった。リリアにハンマーでどつかれ「ぎゃああーっ」とカエルとは全く違う叫び声を挙げるライオネル。裏切られた想いのリリア。カエルのように「鳴かせ」ようと、ライオネルにさらに襲いかかるリリア。事情を知らないライオネルは、わけもわからぬままボコボコにされるだけだった。騒ぎを聞きつけ集まる村人。ライオネルを見限ったリリアは「自分でカエルまくら探すから!」と無差別で村人達に襲いかかった。
アドルを保護したあの少女も騒動を聞きつけていた。夫婦と少女は同じ村に住んでいたのだ。「とても恐ろしいモンスターが現れて村の人たちをどつきまくってるんだって!!」 アドルはそのモンスターを退治すれば少女をモノにできると踏み、意気揚々とモンスターに挑んでいくが、その正体がリリアだと知るや否や、突然「イースIVが僕を呼んでいる」と言い残し、そそくさと逃げ去ってしまった。
しかしアドルは知らなかった。イースIVにはリリアも出ることを。ハンマー片手にリリアがほくそ笑んで話は終わる。
荒井の知る限り、これほどの荒唐無稽さを誇る「イース」二次創作漫画は羽衣翔氏の「イース」とこれぐらいのものです。羽衣「イース」はゲームの設定から果てしなく飛躍する形で逸脱しているのですが、中瀬ひろき氏の「リリアのカエルまくら」シリーズは、飽くまでゲームの設定に乗っかった上で果てしなく妄想を展開させる形で逸脱しています。このあたりがアンソロジー集の二次創作らしいところです。
アドルを女たらしの好色一代男として描いているのも、この時代の特徴です。アドル=好色一代男という考え方はこの頃に始まったものではありませんが「イース」のパロディを作る上では非常にわかりやすく、手っ取り早い題材だったので、好んで利用されたのではないかと思われます。
「イース」シリーズには様々な女の子が出てきて、アドルに協力してくれるといった程度のことは当時のゲーマーならば皆知っていました。好色一代男説はそうした暗黙の了解事項があって初めて成り立つネタです。「イース」シリーズが多くのゲーマーにとって一般常識だった時代だからこそ可能なネタだったのかもしれません。
「ゲームプレイヤーコミックス」は、基本的には駆け出しの漫画家による、10〜20ページ程度の二次創作漫画を集めたゲーム系漫画ムックで、発展的解消をほのめかしながら7号で終わりとなります。その間、ある編集人が金銭のため数々の不祥事を働いたという物騒な噂もありますので、よく続いたといった方がいいのかもしれません。
作家陣には「魔法陣グルグル」の衛藤ヒロユキ氏、「へべれけ」の打道良氏、もりけん氏、新貝田鉄也郎氏、松本英孝氏、高室弓生氏といった、知る人ぞ知る方々も名前を連ねていました。中瀬ひろき氏のその後を探ってみましたが、かつてエニックスの「ガンガン」にも寄稿していたようなのですが、現在何をしているのかは分かりませんでした。
出版元みのり書房はアニメ雑誌「月刊OUT」で特に有名でした。「月刊OUT」はアニメのキャラクターを使った二次創作、いわゆるアニパロ作品に力を入れていたことでも有名でしたので、ゲームのキャラクターを使った二次創作に目を付けたのもわからないではありません。みのり書房は、95年の「月刊OUT」休刊後間もなく倒産しまして、現在はありません。
ところで宙出版の「イースオールスター+」には、「ゲームプレイヤーコミックス」の元編集人の一人が関わっていたりします。