記事によればプロト版は開発のごく初期に作られたもので、ゲーム前半部分までは遊べるようになっていたようです。記事にはプロト版が製品版とかなり異なっていることが、詳しく述べられています。
記事では述べられていませんが、画面写真を見て気づくのは、アドルが赤毛でないことです。このプロト版に限らず、発売直前当時の紹介記事の画面写真でも、アドルは赤毛でありません。雑誌記事が書かれた時期から判断して、アドルが赤毛になったのは開発の後半、それもかなり後の方になってからではないかと思われます。
「POPCOM」87年7月号・紹介記事の写真。出版社に配られたサンプルでは黒髪だった模様。
これは荒井の憶測ですが、黒髪から赤毛になった理由は、ドット絵の見栄えと、当時のコンピューターの表示色数制限に関係があると思われます。
画面写真を見る限り、黒髪に鈍色の鎧というドット絵は、画面上で目立ちません。ゲームにおいて、操作するキャラクターが目立たないというのは重要な問題です。そこでまず、制作者の間でアドルのデザインを変えようという意見が現れたのではないでしょうか。
ところが、当時のパソコンは最大同時発色数8色とか16色というのが当たり前でした。場面に応じてカラーパレットを入れ替えることも考慮すると、常に画面に表示される主人公キャラに使える色は、ごく限られてきます。そうした制限の中デザインを変更するにあたって、黒以外に髪に使える色で、他のグラフィックを描く際にも使い回しが効く色で、しかも他の登場人物と被らず見栄えのする色として、たまたま赤色が残っていたのではないかと思われます。
「イース」プロローグ小説にも、アドルが赤毛であるという記述は全くありません。これらを鑑みるに、赤毛は当初、アドルの特徴ではなかったようです。羽衣翔氏のコミック版「イース」で、作者がアドルが赤毛であることを知らなかったため、一巻だけ髪の色が違ってしまったという逸話は、ファンの間ではよく知られていますが、こうした事情をわきまえればそれも無理のない話であります。
これが「II」になると、赤毛はアドルの特徴として積極的に強調されるようになります。そしてそれ以降、赤毛はすっかりトレードマークとして定着してしまいました。シリーズの常識と化した設定も本を正せば、実はそれがシリーズ最大の「後付設定」だったと言えるかもしれません。
もしあのとき、ドット絵に黄色が使われていたならば、アドルは「金髪の剣士」として名前を残していたのでしょうか。
一部登場人物の名前が入れ替わっていますが、まとめると以下のとおりです。
製品版の名前 | プロト版の名前 |
オーマン | ビルクハイマー |
サラ | ファレル |
ジェバ | おばば |
ディオス | グライアス |
ピム | ペル |
レア | ゴルベリアス |
ジェバの名前が「おばば」になっています。名は体を表すとはよく言ったものですが、見たままです。さすがにこれではいけないと思ったのか、製品版ではちゃんとした名前が与えられていますが、もしこのまま名無しだったら、フィーナもジェバのことをこう呼んでいたんでしょうか。
「おばばのいえで たのしいひびをすごしたとき、なんだか、すべてがわかったような気がしたの。」
...フィーナさん、恩人に対する言い草じゃありません。
それはおいといて、他社のゲームの名前をもじった名前が目立ちます。
タイトーの歴史的名作「ダライアス」。画像はPCエンジン版「スーパーダライアス」から。
ディオスこと「グライアス」は、もちろん「ダライアス」の洒落でしょう。「ダライアス」は、1986年に出たタイトーのシューティングゲームです。ディスプレイを横に三つ並べた迫力あるゲーム画面、魚介類をモチーフにした異形の敵キャラ、宇宙を感じさせる名曲揃いのBGM、分岐によって結末が変わるゲーム展開、奥行きを感じさせる設定などなど、後のシューティングゲームに少なくない影響を与えた歴史的名作です。
プログラマー橋本昌哉氏はかなりのゲーム愛好家だったのですが、特に雑誌のインタビューで好きなゲームを訊かれた際、三画面筐体のアーケード版が欲しいと答えたほど、「ダライアス」は大のお気に入りだった模様です。それが「グライアス」の由来になったと思われます。
余談ですが、初代「ダライアス」自機シルバーホークのパイロット、プロコとティアットが「TAITO CORP」を逆から読んだ洒落であることは、往年のゲーマーにはよく知られています。
コンパイルの一風変わったARPG「魔王ゴルベリアス」。属性値「FIND」が斬新。
「魔王ゴルベリアス」は、コンパイルが1987年に発売した、「ハイドライド」と「ゼルダの伝説」を足して二で割ったような内容の、MSX用アクティヴRPGです。最大の特徴は属性値「FIND」の採用です。「探索値」とでも言うべきもので、敵を倒してFIND値を上げると、隠された洞窟を発見できるようになります。また、FIND値と引き替えに武器を手に入れたり、体力を回復したりといった、他のRPGにおけるお金の役割も兼ねています。その他、強敵の潜む洞窟が強制スクロールアクションゲームになっていたりと、変わったゲームを作らせたら天下一品だったコンパイルらしさが随所に現れた作品です。
ゴルベリアス。本来は気は優しくて力持ちの善き魔物。ハーモニカが吹けるかは定かでない。
さておき「ゴルベリアス」とは、「魔王ゴルベリアス」のラスボスで、語感どおりというか、魔王の名を冠するだけのことはあるというか、角まで生えた見るからにいかつい巨大な魔物で、レアさまとは似ても似つかぬ姿形をしています。なんでその名前をレアさまの名前にしようとしたのかはわかりません。女神ゴルベリアス。フィーナの名前が「ガーディック」だったらどうしてくれようかと。
ついでに、魔王の方のゴルベリアスは、主人公ケレシスに倒されると改心して、その家来になってしまいます。
超時空戦闘機「メタリオン」。往年のMSXユーザーにはおなじみ「グラディウス2」の自機。
他の人気ゲームから名詞を拝借するという、こうしたパロディは当時よくあることでした。例えば「ソーサリアン」の最強魔法、地を這う光弾とレーザーを同時発射する「NOILA−TEM」は、当時発売されたコナミのMSX用シューティングゲーム「グラディウス2」の自機メタリオン(METALION)にちなんだものです。METALIONを逆さまに読んでNOILA−TEM。地を這うミサイルとレーザーといったら「グラディウス」シリーズの定番兵器だろうという洒落です。ゲームではありませんが、オリジナル「イースII」に登場する、神殿探索用識別コード「N-8086」は、当時多く出回っていたIntel社製16BitCPUにちなんでいます。こんなところにも、当時のユーザーは、制作者の遊び心を感じたものでした。
「ソーサリアン」のNOILA-TEMとメタリオン。よく見りゃ似てる、このふたり。
ところで、ペルといい、ビルクハイマーといい、村長といい、プロト版は髪の薄いキャラがやけに目立つのですが、荒井の気のせいでしょうか?
「イース」では、技術力の高さを示すものとして、地形が自然な曲線で描かれることも売りにしていました。ソースを見ていないので、実際どうであるか断言はできないのですが、「ハイドライド」のプログラマー内藤時浩氏は「『イース』はチップキャラではなく、グラフィックでマップを構成している。」と指摘しています。グラフィックを駆使して描かれたなめらかな地形が高速スクロールするということは、現在でこそ当たり前のことですが、当時はそれ自体が売りになるほど高度な技術だったのです(事実、98年の「イースエターナル」では、山道のカーブは見事に消えている)。ところがプロト版では、山道はまだギザギザだった様子です。
また、製品版とプロト版では、マップも変更されている模様です。ゲーム本編では断崖上の城塞都市になっているミネアの町も、プロト版では砦は一切なく、森の中にあることになっています。プロローグ小説では、アドルは城壁沿いの断崖を通ってバルバドからミネアにやってきたと述べられていますが、プロト版では果たしてバルバドからどうやってミネアに来たかは謎です。そもそもバルバドという設定自体が存在したかどうかもわかりません。
武器や防具の数は製品版と変わりないようですが、JAP’S BLADEといい、名前は相当に異なっていたようで、決定までは紆余曲折があった模様です。SILVERはMYSTICという名前だったようですが、そうなると、シナリオも大幅に作り直したであろうことが推測されます。
ところで、古参のゲーマーである荒井にとって、MYSTICというと真っ先に「ハイドライドII」の最重要アイテム「MYSTIC DRUG」を思い出すのですが、「イース」の場合、「ハイドライドII」が念頭にあったかどうかはわかりません。
「ハイドライドII」の重要アイテム「MYSTIC DRUG」。クリアには必須のアイテム。
「太陽の神殿」千柱の間。重要アイテムがいくつか眠っている。
「イース」の前身が、プログラマーの橋本氏が手がけた「太陽の神殿」というAVGであり、それにまつわる洒落がいくつか「イース」に盛り込まれていることは以前述べたとおりですが、それはプロト版でも同じだったようです。『太陽の神殿』の千柱の間は、各種重要アイテムを手に入れるため何度か足を運ぶことになる重要地点ですが、特に地下宮殿があるとか、かわいい女の子が囚われているいう設定はありません。
ニワトリイジめゲームではSFC版「ゼルダの伝説」が有名ですが、それはさておき。
当初の予定では、家畜を捕まえて売り飛ばしてお金を稼ぐという、面白いアイディアが盛り込まれていた模様です。製品版では没になりましたが、その理由はわかりません。当時のコンピューターの容量が足りなかったのかもしれませんし、よく考えると経験値稼ぎと大差のない作業ですので、このままでは盛り込む意味がないと判断されたのかもしれません。
イーススタッフが手がける「天地創造」。ニワトリをイジめたり、カボチャを勝手に持ってったり。
イーススタッフが後に手がけた「天地創造」オープニングデモでは、主人公アークがニワトリを追い立てていたずらする、平和な(?)日常の有様が描かれるのですが、「イース」が「家畜捕獲RPG」だったことを知る荒井、「スタッフ、やりたかったんだろうなぁ」と、別の意味で感慨にふけったのでありました。ちなみに「天地創造」では、ニワトリこそ捕獲できませんが、壺やカボチャを持ち上げて投げつけることは可能で、ゲーム進行上、必須の技となっています。
一方、その後「イース」にも豚のような家畜ピッカードが登場し、「イースIIエターナル」では、畑荒らしはもちろん、林檎狩りや花摘みまでできるようになりました。そして「イースVI」では、とうとう念願の捕獲イベントが登場します。足かけ16年、プロト版の設定がついに日の目を見たというわけです(嘘)。
プロト版を見る限り、シナリオや人物の名前、家畜捕獲システムなど、当初は製品版よりもお遊び要素が多かったようです。とりあえずゲームを形にするにあたって、自由な発想で作ったのがこのプロト版なのでしょう。ここから幾多の推敲と作り込みを経て、製品版ができあがっていったことは想像に難くありません。
もともとプロト版というものは、制作上必要なプログラミング技術の検証や、おおまかな全体像を把握するために作られるものです。製品版と比べて荒削りで、大きく異なっているのも当然といえば当然なのではありますが、その原型と製品版との違いを比べてみると、「イース」という作品がどのようにして作られていったのかの一端を、うかがい知ることができます。