「イース」の商業二次創作は数ありますが、今回紹介する星宮すみれ氏の「しろがねの浜」は短編読み切り小説という珍しいものです。イラストは大場惑氏の小説版と同じ池上明子女史が担当しています。
アドル似の地図師の横顔
舞台は黄昏時の港町。定休日の酒場に、なじみの若い地図師が現れた。地図師はエステリアから戻ってきたばかりだった。酒場の主人は地図師にさっそく土産話をせがむ。地図師はエステリアでの不思議な出来事を思い出していた。
地図師がエステリアに向かったのは穏やかな午後のことだった。船に乗るなり、地図師は強い視線を感じる。視線の主の男はかねてからの知人であるかのように地図師に話しかけてきた。
男の名はルタ=ジェンマ。地図師はエステリアを救った英雄”アドル”に瓜二つだった。ルタは勘違いしたことを詫びる。興味を持った地図師は、ルタからエステリアの女神伝説とアドルの英雄伝説を教えてもらった。
エステリアにあったイースは、二人の女神と六人の神官により治められていた。イースは黒真珠の力で栄えたが、魔物により危機に陥った。女神と神官達が黒真珠の力でイースを天に浮かべると、魔物はそれを追って高い塔を建てた。アドルの活躍で天空のイースは地上に戻ったが、魔物が建てたダームの塔は今でもエステリアに残っている。
地図師が、イースが降りてくる前にあったカルデラ、バギュ=バデットが見たかったと言うと、ルタは、アドルに恋した女神に頼んでみたらと冗談を言い、そして女神は騙せなくとも、アドルに深く関わった者ほど、地図師をアドルと勘違いするだろうと誰に言うでもなくつぶやいた。
地図師はミネアの街に入るなり猛烈な歓迎を受ける。街の人々も地図師をアドルと勘違いしたのだ。しかしそこに現れた女性の取りなしで誤解が解けると、街の人々はがっかりして去っていった。地図師は”アドル”の英雄ぶりを思い知る。
女性はリリアといった。リリアはエステリアを去ったアドルに特別な感情を抱いており、その姿を地図師に重ねていた。ルタの提案で地図師はリリアにエステリアを案内してもらうことにした。
翌日から、地図師はリリアの案内を得てエステリアの地図を作り始めた。地図師は魔物の気配が全く消えた草原やダームの塔の静けさに、かつての傷の大きさを感じ取る。魔物がいた時の話は誰もしたがらないけれど、魔物の出現には人間にも責任があるはずで、忘れてはいけない、とリリアは言った。
地図師がエステリアを見学する間、リリアはしきりに”アドル”の名を口にしていた。リリアの瞳はもうエステリアにはいない”アドル”の面影を追っていた。ひととおりエステリアを見終わった後、地図師はリリアにこう尋ねた。いくら似ていようと”アドル”でない自分の案内をしても辛くなるだけだろうに、どうして案内を引き受けたのか?、と。
リリアにはわかっていた。地図師がアドルとは全くの別人であることを。そして、もし何もしなければ地図師が別人であることが信じられなくなって、”アドル”と再び別れることに耐えきれなくなるだろうことも。リリアは地図師の案内をすることで、地図師とアドルが別人であることを必死に理解しようとしていたのだ。
次の朝、地図師はリリアに内緒でランスの村をあとにした。自分が”アドル”でないことを辛く思いながら。
地図師は木陰で”アドル”のことを考えていた。自分とは全く違うのにそっくりであるゆえ、リリアをはじめとするエステリアの人々は戸惑っていた。そのことに地図師は少なからず困惑していたのだ。
そのとき急に目の前の風景が変わり、地図師の前に魔物が現れた。バキュ=バデットの方を見ると現在見えないはずのカルデラまで見えていた。
それは地図師が休んでいる大木、ロダの仕業だった。幻影の魔物が襲いかかると同時に地図師は気を失った。
地図師は無傷のまま、同じ場所に寝転がっていた。地図師はさっき見た夢が、ロダの木がその魔力で見せた過去のエステリアの姿であることを確信していた。
そこにリリアとは別の女性が現れ、親しげに語りかけてきた。フィーナと名乗る彼女は、素敵な場所に案内してあげると地図師を誘いだした。彼女はどこか不思議で、その日の最終便で島を後にするという、地図師がさっき頭の中で決めた予定を知っていた。
フィーナが連れ出したのはバルバドそばにあるホワイト・フォーンの砂浜だった。地図師は砂に鋼玉が混じっていることに気付く。
フィーナは問わず語りに話し出した。エステリアには不思議なことがたくさん息づいている。アドルの耳にも届くように、イースのこのたくさんの不思議を世界中のたくさんの人々に伝えて欲しい、と。
地図師はフィーナの悲しげな面持ちを見逃さず、彼女を元気づけようとして言った。きっと話す、アドルが聞きつけてここに戻ってくるように、と。
しかしフィーナはかえって悲しんだ。フィーナはなぜか全てを見通していた。アドルはもう二度とエステリアには来ない。それがわかってしまうからこそ、リリアのようにはかない希望すら持てない。追いかけたくとも、リリアのように追いかけることさえもできない。自分はこの土地を守らなければならない。この土地が好きだけど、でも...そう言うとフィーナは泣きじゃくった。
ひとしきり泣いた後、フィーナは、一度でいいからアドルとこうして過ごしたかった、と地図師に礼を述べた。彼女も”アドル”の面影を地図師に重ねていた。地図師はフィーナを喜ばそうと、自分が島を離れるまでの間、自分をアドルと思ってくれていいと言ったが、彼女も地図師が”アドル”でないことは十分にわかっていた。フィーナはまた悲しみに暮れながら、振り返らずこのまま船に乗ってと言った。地図師は振り返らずに島を後にした。
地図師は主人にエステリアでの出来事を一通り話し終えると、作り上げたエステリアの地図を目の前にして、自分はあそこに行くべきではなかったのではないか、人々の期待を裏切り、失望させたのではないかと口にする。すると主人は、そのすばらしい地図でもっと夢と希望を与えるだろうと答えた。
主人は、フィーナはイースの女神の片割れの名であることを明かし、そしてホワイト・フォーンの浜の鋼玉は、争いで荒れてゆく人を嘆き悲しんだ女神の涙の結晶だという伝説を地図師に教えた。
新しいエステリアの地図は、それまでにないほど美しいものだった。
「しろがねの浜」は、文庫本にして40ページほどの短編作品です。基本的にゲーム本編をなぞった飛火野氏や大場氏の小説化とは違い、ゲーム本編の主人公アドル=クリスティンが去った後のエステリアの姿を描いたサイドストーリーとなっています。その点ではファンによる同人二次創作、ショートストーリーに近いものがあります。
もともとはTRPG版イースを紹介するために書かれた短編で、主人公がアドルによく似た別人なのもそのためかと思われます。アドルのことを知らない主人公が、アドルの足跡をたずねながらエステリアがどんな場所かを理解していくという構成になっています。基本的にはイースの世界観を紹介する作品なのですが、それだけにとどまらない魅力を放っています。特にヒロインの気持ちを丁寧にくみ取って作品に生かしているため、ファンの評価も高いようです。
主人公はアドルにそっくりな容貌の地図師です。地図を作るためエステリアを訪れた彼は、その容貌ゆえに、エステリアの人たちにとって”アドル”が大きな存在であることを知り、島に残された人々の寂しさや過去をまざまざと感じとることになります。
中でもアドルに並ならぬ想いを寄せる女性、リリアとフィーナは彼にアドルの面影を見いだしながらも、深い悲しみを抱きます。彼の存在はかえって”アドル”という失われた存在の大きさを際だたせ、想い人”アドル”がエステリアにいないという事実を突きつけるのです。リリアが案内役を引き受けたのは、その事実に立ち向かうためでもありました。会えば悲しくなることは分かっている、でもそれでも”アドル”の面影を地図師に求めずにはいられない切ない想いがこの作品の見所です。
フィーナはさらに深刻です。自分が女神であるために、もう永遠に会うことができないという未来がいやでもわかってしまい、また会えるという希望さえ持てません。宿命を背負った一柱の女神でありながら、一人の恋するふつうの娘でもあるゆえの悲劇の描写は、この作品のなかでも白眉と言ってよいでしょう。
女神の悲しみの涙が鋼玉になったというエステリアの海岸が、この短編の題名になっていますが、それは島に隠された過去と想いを想起させるものとして、与えられたのではないでしょうか。
作品はアスキーの「ログアウト テーブルトークRPGスペシャル」(1993年3月)に、イースTRPG特集の一環として掲載されました。その後(挿絵が一部カットされているものの)アスペクトのログアウト冒険文庫「イースTRPGリプレイ 真・の〜てんき伝説」(1994年)の巻末にも収められています。読むなら文庫本の方が入手しやすいと思います。
「ログアウトTRPGスペシャル」表紙 | 「真・の〜てんき伝説」表紙 |