「イース2 異界からの挑戦」

 前回は飛火野耀氏の小説版「イース 失われた王国」を紹介しましたが、その後続編が出版されました。それが今回紹介する「イース2 異界からの挑戦」です。
 作者は前作と同じ飛火野耀氏。「2」という題名ですが、それは飽くまで飛火野氏の小説版「イース」の続編という意味にすぎず、ゲームの「イースII」とは全く関係がありません。作品はシリーズ三作目「ワンダラーズ・フロム・イース」が元となっています。だからエレナは出てきますが、リリアは出てきません。
 前作が出版された時は、ゲームとあまりに異なるその内容に、多くのファンは面食らい「こんなのイースじゃない」などと拒否されることもしばしばでした。それを受けて今回はゲームに忠実に小説化されたか、というとそれは全く逆でして、前作同様やはりゲームとは大いに異なる作品となっています。復活しつつある魔王との対決という概要こそ同じですが、それ以外は全く別の物語といって差し支えありません。


基本データ

角川スニーカー文庫「イース2 異界からの挑戦」

表紙
  • 発行:1992年3月
  • 発行所:角川書店
  • 著者:飛火野耀
  • 本文・口絵イラスト:杉浦守
  • カバーイラスト:藤原カムイ
  • 定価:430円
  • ISBN4-04-460205-0

物語の概要

ドギとの出会い

 エステリアの冒険から長い時が経ち、アドル=クリスティーンは伝説の大冒険家としてその名が伝えられていた。彼の息子で同じ名であるアドル=クリスティーンもまた冒険を求める旅人となっていた。父は子供を設けてすぐに冒険に戻ったため、息子は父のこともその消息もよく知らなかった。
 アドルは闘技大会に出るためある都市を訪れた。そこで同じく闘技大会に出場するという男ドギ=コルネリウスと出会った。

 闘技大会でアドルは、いわれのない不正を働いたとされ失格になった。闘技大会では主催者による八百長が横行していた。アドルはその真実を知ったがため消されそうになるが、ドギのおかげで九死に一生を得る。ドギはアドルに同行を申し出、共に旅をすることになった。
 なりゆきで迷い込んだ占い師の館で、二人はドギの故郷が危機に瀕していることを知った。ドギは幼なじみの少女エレナの身を案じていた。二人は早速故郷を目指した。

占い師の館

 ドギの故郷レドモントを目指す途中、二人は魔法使いの弟子だったという老人と出会った。老人はアドルが持ち歩いている父親形見の品々が魔法の品であることを見てとり、アドルにその使い方を教えた。
 レドモントの隣村にやってきた二人は、レドモントが花が歌い獣がしゃべる地上の楽園になったという噂を聞いた。また、昔アドルによく似た男のバラバラ遺体が、真っ赤に光る船と共に空に昇っていったという不吉な話も聞く。

 レドモントに到着した二人は、エレナとその両親を始め、ドギの幼なじみアドニス、ロアルド、ガードナー、シンシアなど村人達の歓待を受けた。今やレドモントは花や鳥が人の言葉をしゃべり、働かずとも毎日ご馳走にありつける楽園となっていた。これというのもレドモント一帯を治めるマクガイア王が科学の力を手にしたおかげだという。
 しかし、ドギは村人の様子に腑に落ちないものを感じていた。ドギは真相を探るため、幼なじみの一人でエレナの兄チェスターに会いに行くとアドルに言い残し、チェスターが仕えている城を目指した。
 夜、アドルの前にこっそりとエレナが現れ、秘密の地下室に来るようにと言った。

警告するエレナ

 秘密の地下室にはエレナの伝言が置いてあった。それは、レドモントでは村人が二、三日姿を消した後、別人のようになって帰ってくるという事件が頻発しており、アドルに一刻も早く村を去るように促すものだった。今や無事なのはエレナとその家族だけ。マクガイア王は花や動物で村を監視しており、人前ではアドルにこの危機を伝えることができなかったのだ。アドルはマクガイア王と戦うことを決意した。
 アドルは地下室の隠し通路の奥で、言葉をしゃべるネズミのチーチーと出会い、その手引きで城につながる通路に侵入した。その中には機械人間が従事する工場や、数々の出来損ないの怪物が飼われている部屋など、奇妙な光景が広がっていた。チーチーの友達キキによれば、このまま通路を進むのは危険だった。アドルは一度外に出ることにした。

 通路の先は山脈につながっていた。そこでは化け物を連れたロアルドがアドルを探していた。廃墟に逃げ込んだアドルは、そこで骸骨と化した魔法使いと出会った。その話によれば、遙か昔、この地に異世界から宇宙船がやってきた。宇宙船はいつしか「ガルバランの塔」と呼ばれ、バレスタイン城の城主は代々塔の謎を解くべく研究を重ねていたが、魔法使いが仕えた王の代になって謎が解明された。王はマクガイア王同様、塔の力で怪物を生み出し人々の魂を支配していた。王の過ちを見過ごせなかった魔法使いは、塔を動かすのに必要な「彫像」の一つを奪い、死してなお600年もの間塔の力を封じていたという。しかし今、その彫像は何者かに奪われていた。魔法使いは力が復活するのを恐れていた。
 アドルは形見の品の一つ、魔法の帽子の力で上空から城に侵入した。城の中でアドルはチェスターと遭遇した。チェスターはマクガイア王を倒すべくアドルに協力を持ちかけたが、未来を予言する魔法の書にアドルの試みが失敗するという記述を見ると、アドルを見捨て捕縛した。

研究に没頭するチェスター

 アドルが手にする形見の品は、不思議な黒い石を除きチェスターに没収されてしまった。チェスターは城の一室にアドルを連行した。そこは村人の偽物を作り出す秘密の工場で、そこにある「ふさ」の中では、ドギをはじめ本物の村人達が眠っていた。本物と入れ替わった偽物は、魂をガルバランに支配されているのだという。
 王の命令でアドルは王の前に引き出されることになった。チェスターはアドルから没収した形見の品の一つ、魔法の鏡のかけらを王に差し出した。ところが王は鏡の力でチェスターが謀反を企んでいることを知り激怒し、チェスターを殺してしまった。エレナも捕らえられ、ガルバランの塔に送られてしまった。
 アドルの父を殺したのはマクガイアだった。王が奪った門外不出の魔導書を取り戻すべく追ってきた父を罠にはめ殺害し、二度と復活できないように遺体を切り刻んだというのだ。王は鏡の力でその場面をアドルに見せた。怒り狂ったアドルは王に捨て身の突撃を仕掛けるが、失敗して殺された。

 アドルの遺体は湖に沈められたが、黒い石の力で蘇った。そこに宇宙船が現れアドルを救出した。宇宙船の中には実体を失った父がいた。父はアドルにガルバランを倒すよう命じた。ガルバランとは異界の知的生命体で、マクガイア王を利用して勢力を増やし、全宇宙を支配しようと企んでいたのだ。父はアドルに時間を巻き戻すことのできる指輪を渡した。アドルは指輪の力で、王の前に向かう場面に戻った。

父との対面

 アドルとチェスターは協力し、マクガイアの暗殺に成功した。王は死に際に正気を取り戻し、ガルバランの野望を阻止するため、彫像を渡してはならないと言い残した。エレナはガルバランの餌として、すでに塔に送られていた。アドルとチェスターはガルバランと対決すべく塔に乗り込んだ。だがチェスターはエレナを救うためガルバランの要求を呑み、自ら隠し持っていた彫像を渡してしまった。彫像は塔こと宇宙船が飛び立つのに必要な品で、ガルバランは準備が整い次第母星に戻り、同胞を引き連れ勢力を拡大するつもりでいた。
 しかし、準備はまだ整っていなかった。今宇宙船が発進すれば墜落する。チェスターは宇宙船ごとガルバランを沈めるつもりで発進スイッチに手を掛けた。アドルはエレナを連れて脱出した。チェスターとガルバランを乗せた宇宙船は墜落し大爆発を起こした。
 そこにアドルを救出した宇宙船が現れた。そして彼らは宇宙の平和を守るため長年に渡りガルバランと戦っていたこと、アドルがさっき見ていた父は、彼らが父の遺体を回収して取り出したその精神だったことを明かして去っていった。
 ガルバランが死んで、村人と入れ替わっていた偽物は命を失っていた。ドギを始めとする本物の村人達は次々に目を覚まし、村へと戻っていった。

墜落する宇宙船

 アドルとチェスターのおかげで、村はもとの平和を取り戻した。エレナはアドルに村に残るよう誘い、ドギはまた二人で冒険の旅に出ようと誘った。しかしアドルはそれらを断った。アドルは自分の力を試すべく一人で冒険を始めようと考えていたし、ドギとエレナが結ばれることを望んでいたのだ。
 シンシア、ドギとエレナのささやかな見送りの中、一人アドルは新しい冒険に旅立っていった。

新しい旅立ち


ゲームとの違い

 ところどころに、ゲームを元にしたとおぼしき描写も多々見かけるのですが、前作「イース 失われた王国」同様、内容は全編に渡って違っていると言って差し支えありません。ゲームはチェスターの悲しき復讐譚という性格が強かったのですが、この小説は父の偉大さに憧れるアドルの物語という性格が強くなっています。作者自身「『イースIII』にインスピレーションを得て、自由に創作したものです」と認めていますので、ゲームとどこが違うかをあげつらうのは無意味な気もするのですが、決定的に違う箇所だけ解説しておきます。
 本作の主人公は駆け出しの冒険家アドル=クリスティーンですが、前作に登場したアドルその人ではなく、同名のその息子ということになっています。父と子の名前が一緒で、父が名うての勇者だったという設定はどことなく羽衣翔氏のコミック版「イース」を彷彿させますが、作者の意図はコミック版「イース」とは違うところにあるように思われます。
 小説の作者が念頭に置いているのは飽くまで「イース」から発したヴァリエーションの一つです。作者はゲームと異なるだけでなく、前作「イース 失われた王国」とも全く異なる作品を目指したのではないでしょうか。
 コミック版の親子アドルは、立体的な物語展開を狙っていますが、この小説の親子アドルは平行的な展開を狙ってのものです。そのため前作と同じ人物が主役として登場することは、枷になると考えたのかもしれません。実際、本編のアドルにとって、前作のアドルは偉大すぎて時に重圧とさえ感じられる存在でした。ゲームどころか前作にもとらわれない、一編の小説として完成させるために、作者はこの方法を選んだのでないかと思われます。
 ちなみに本作は、若い頃に息子のアドルに出会ったという老人が、吟遊詩人に語って聞かせた父親アドルの最期の話として語られます。文脈から察するにその老人はどうやらドギらしいのですが、文中ではそうと明言されていません。

 ところで、この小説版では、アドルは自分一人の力の小ささを痛感する駆け出し冒険家として描かれています。一度は大失敗し挫折を味わいます。アドルが挫折し悩む姿はゲームでも重点的に描かれますので、このあたりは妙に共通しています。


解説

 この小説の元になった作品は「ワンダラーズ・フロム・イース」だけではありません。古典的SFホラー映画「ボディスナッチャー 恐怖の街」(1956・アメリカ作品・監督ドン=シーゲル・脚本サム=ペキンパー)にも相当影響を受けているようです。ジャック=フィニィの「盗まれた街」が原作で、宇宙人が密かに街の人と入れ替わっていき、主人公が次第に追いつめられていく恐怖を描いた話のようです。
 静かな侵略者、密かに別人と入れ替わっていく村人、「さや」から出てくる偽物といったモチーフはこの映画から借用したもののようです(むしろ、あとがきでこっそりネタばらしをしていることから、作者なりのパロディを試みたのではないかという気がする)。そのためか小説「イース2」は、前作のようなファンタジー小説ではなく、むしろSF小説のような色彩を帯びています。

人体製造工場

 映画は人間を画一化していく体制(具体的にはソヴィエトの共産主義が念頭にあったらしい)が台頭することの恐怖を暗喩しており、日本未公開ながら名作の誉れ高く、何度かリメイクされています。ちなみに1978年のリメイク版は「人面犬」の元ネタとなったことでも有名です。
 しかし、小説「イース2」は、飽くまで借用にとどまっています。「書」で統一された前作のような格調があるわけでもなく、また映画のような深いテーマ性があるわけでもなく、SFという小道具を導入したおかげでかえって安っぽくなった印象は否めません。

 この小説が世に出たのは1992年3月。PC88版「ワンダラーズ・フロム・イース」の発売から二年半以上経っており、最後発のメガドライブ版よりも後のことです。もちろんファンの間で「ワンダラーズ」が熱く議論された時期はとっくに過ぎています。なぜそのような時期に「ワンダラーズ」の二次創作を出版したのかも不思議ですが、ともあれ、そうした時期に出版されたことと、前作と同じ作者が手がけたことが災いしてか、ファンの間でも前作の小説ほど話題にならなかったように思います。

 小説「イース2」も、やはりリサイクル書店では比較的見かける本です。読み物としてはまずまずで、特に張られた伏線が次々と一本にまとまっていく様は巧みです。興味がありましたらこちらも手に取ってみてはいかがでしょうか。

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