置賜さくら回廊から

 山形県南部の置賜地方、南陽市・長井市・白鷹町には、桜の巨木、古木、名所がいくつかあって、これを結ぶ線を「置賜さくら回廊」と称している。春になりいっせいに花を開く様は見事なもので、最近はこれらを見て回る旅行企画まで組まれ、多くの見物客を集めている。今回はその中からいくつかをご紹介。


久保桜

伊佐沢の久保桜

 高さ16メートル。幹回り9メートル。長井市の伊佐沢地区にあるエドヒガンの巨木で、樹齢1200年を誇る。その昔、当地にやってきた征夷大将軍坂上田村麻呂が、亡くなった地元の娘を偲んで植えたとか、戦国時代当地に住んでいた伊達家の家来が、亡くなった妻子を供養するため植えたといった伝説が伝わっているが、詳細は定かでない。
 江戸時代末期には、その枝が四反歩に広がり、「四反桜」の名で親しまれていたこともある。大正13年には国の天然記念物の指定を受けた。
 時代が下り樹勢が衰えていたが、平成になってから根元の土を入れ替えたり、木のうろを埋めるといった処置がとられ、勢いが戻ってきた。 長井市街地からここに至る県道には「久保桜線」という名前さえ付いている。さくら回廊の代表と言ってもいい名桜。


草岡の大明神桜

草岡の大明神桜

 長井市の草岡にあるエドヒガンの巨木。高さ17.2メートル。幹回り10.91メートル。推定樹齢1200年。
 この桜にも、伊達家にまつわる逸話がある。戦国時代、後に仙台藩主となる伊達政宗が初陣に破れて敗走する際、この桜に身を隠して難を逃れた。それに感謝して、その後家臣をやってこの桜を手篤く保護したという。
 伊達家は源頼朝の平泉攻略に従い武勲を挙げ、その功で福島の伊達郡の地頭となって以来、積極的に置賜進出を図り、一時は本拠地として支配さえしていた。そのため、置賜各地には伊達家にまつわる逸話が数々残っている。


花より団子

大明神桜の模擬店

 大明神桜のところに出ていた模擬店。桜の見頃が近づくと、主だった桜の名所のそばにはこうした即席の茶店が設けられ、茶や団子、山形名物玉こんにゃくなどを出している。地元のかあちゃん方手作りの菓子や、町の特産品などを扱うところもあり、こうした店を見て回るのも花見の楽しみの一つだろう。手作りの漬物や煮物といっしょに茶を勧めるというのは、山形流のもてなし方である。


釜の越桜

高玉釜の越桜 釜の越桜遠景

 白鷹町高玉にある。これもエドヒガンの古木で、樹齢800年。高さ約20メートル。幹回り6メートル。
 桜の根元には三つの巨石がある。11世紀中頃、奥州を支配する安倍貞任の一族を征伐するため、出羽国にやってきた源義家の一軍が当地に陣を張り、この岩を竈にして兵糧を焚いたと伝えられ、それがこの桜の名前の由来となっている。
 咲く頃にあわせてこの桜のそばに舞台が組まれ、そこで郷土に伝わる農民芸能「高玉芝居」が公演される。


薬師桜

高玉薬師桜

 同じく白鷹町高玉にあるエドヒガンの古木。幹回り8メートル。釜の越桜の近くの薬師堂境内にある。エドヒガンは桜の中でも長寿を誇る品種で、その樹齢は1000年以上にも及ぶ。さくら回廊を彩る桜の多くは、こうしたエドヒガンの古木で、昔から地元の人々によって守り伝えられてきた。
 薬師桜はその中でも相当な古木で、樹勢の衰えが激しいが、春になると老いの貫禄を漂わせる見事な花を咲かせている。


十二ノ桜

山口の十二ノ桜

 白鷹町山口にあるエドヒガン。現在の木は二代目から根生えした三代目で、推定樹齢400年。さくら回廊のエドヒガンでは若い方に入る。かたわらには二代目の切株が残っている。
 十二という名前だが、十二本あるわけではない。かつてこの近くに十二体の仏像をご本尊とする薬師堂があって、それにちなんでこの名が与えられたと伝わっている。名の由来となった薬師堂は廃堂となって久しいが、その名は桜に受け継がれたわけだ。

即ち平安後期(一一二〇頃)今から八七〇年前、藤原安親(横越太郎鮎貝氏の祖)が下長井の庄司として当地を支配した時代彼は政治の基本を仏教に置き、各地に薬師堂等を盛んに建立し、同じ樹種のエドヒガン桜を植えられたものであろう。

 傍らの案内看板には興味深い考察が紹介されている。平安時代にこの地を治める基本として仏教が据えられ、そのために薬師堂が作られ、それとともにエドヒガンの木が植えられたという。さくら回廊のエドヒガンは、置賜の歴史の生き証人なのかもしれない。


奨学桜

山口奨学桜

 同じく山口にある桜。明治44年に植えられたソメイヨシノ。この桜があるのは小学校跡地で、明治26年当時の校長の寄付によって奨学田が作られた場所である。桜はその事業を記念したもので、明治44年に記念碑とともに植えられた。この木もゆくゆくは巨木となって、他の木々と同じく置賜の歴史の証人となるのだろう。
 花を愛でるのもよし、それぞれの桜の歴史に思いを馳せるのもよし、花より団子もよし。さくら回廊は、置賜春の風物詩である。

(2005年4月取材・2006年3月記)


案内

開花時期:年によって前後するが、毎年四月中旬から下旬あたり。

特記事項
 今回紹介したのはごく一部で、全部で20ほどの桜がフラワー長井線に沿う形で、南陽市・長井市・白鷹町に点在している。駅から離れた桜が多いので、見て回る場合は車かタクシーを利用するのが便利だろう。

文頭に戻る目次に戻るトップページに戻る