これまで、原案小説、ゲーム本編、小説版とそれぞれの「イースV」の物語を紹介してきました。概要こそ同じものの、原案小説とゲームとでは、その中身はだいぶ違うものでした。今回は登場人物を取り上げ、それぞれどのように異なっているのかを見てみます。小説版の人物については、原案小説とゲームとを比較した後でまとめて解説いたします。
(原案小説での名称は括弧内に併記。)
ゲームでは女性キャラの多さを売りにしていた節もあるのですが、ヒロイン格の人物は二人です。
原案小説版 | ゲーム版 |
スタンの娘。サンドリアで一人行方不明のスタンを待ちわびている。
原案:7歳の幼女。地上の出身。スタンとともにサンドリアに来るが、スタンが失踪して以来、半魚人やマーシャの支援を受け一人で暮らしている。失せ物を探す占いで評判。ナルムの使徒団が蜂起した際、アドルを半魚人に引き合わせた。
ゲーム:18歳。ケフィン出身。両親を審判で亡くす。オーウェルに引き取られ錬金術の手ほどきを受けた。結晶の異常を調べるため外界に降りたが、その衝撃で記憶を失う。そこをスタンに拾われサンドリアで道具屋を営むことに。リジェの人質としてケフィンに連れて行かれるが、そこで記憶を取り戻す。最後は身を挺して「賢者の石」を制御し崩壊させた。ケフィンとともに滅ぶ運命だったがストーカーに救われた。ゲームではヒロイン格。
ニーナはヒロインの一人ですが、その役割や設定はそれぞれ異なっています。原案小説の段階では7歳の幼女で、相手役という雰囲気は一つもなく、ヒロインという立場ではなかったようです。また、スタンが砂漠で拾ったという記述もなく、スタン実の娘である可能性も残されています。記憶喪失にさえなっていません。
これがゲームになるとうってかわって、妙齢の少女となっています。実はケフィンにも深く関わっているが、本人は記憶喪失で一切を覚えていないという、劇的な設定まで盛り込まれるに至ります。ニーナは原案小説がゲームになる過程でヒロインになったと思われます。
ニーナのトレードマークといえばオカリナですが、原案小説ではスタンに与えられたことになっていますが、ゲームでは当初から持っていたことになっています。
ところで、ゲーム発売当時、今は亡き「マイコンBASICマガジン」の日本ファルコムコーナーだかではニーナを指して、記憶喪失であることと韻が同じであることから、「君はフィーナなのか?」と冗談をとばしていました。ヒロインのお約束ということです。
原案小説版 | ゲーム版 |
イブール一家の末娘。生意気な小娘だったが、アドルの誠意に触れ変化していく。
原案:11歳。ことあるごとにアドルを挑発した。しかし窮地でアドルの誠実な態度に触れたのをきっかけに更生し、やがてアドルに想いを寄せるようになる。ケフィンでは「審判」により悪人と判定され、生誕祭の生け贄にされたが、アドルに救われる。ケフィン崩壊後は一家ともども盗賊から足を洗う。賢くて根は素直。原案ではヒロイン格。
ゲーム:14歳。何度かアドルを出し抜こうとした。ドーマンの本拠地から脱出する際、アドルに助けられたのをきっかけに、アドルを信頼するようになる。ケフィンではニーナと一家ともどもリジェに捕らえられ、ケフィン復活の生け贄にされかける。別れの挨拶もせずにサンドリアを出て行ったアドルに向かって、五年経ったらいい女になってるからと叫ぶ。
もう一人のヒロインがイブール一家の末娘テラです。シリーズのヒロインにはいろいろなタイプがあります。テラは一見「イースIV」の武闘派ヒロインカーナに似ているのですが、時折か弱い面を見せながら、協力しつつ戦う場面もあるということで、実は「ワンダラーズフロムイース」のエレナに近かったりします。
原案小説ではまさにアドルの相手役です。敵として出会い、ふとしたきっかけで心を開き仲間になるところや、敵に捕まり危機一髪のところを救出されるなど、その波瀾万丈ぶりは、フィーナやリリアにも引けを取りません。キャラデザの岩崎美奈子女史は本作のヒロインではテラが一押しだそうです。
その役割はゲームでも同じはずなのですが、ゲームではニーナにお株を奪われています。原案小説ではテラの過去や気持ちの変化が事細かに描かれています。ところがゲームではそういうものの大半が省かれてしまい、結果、原案小説ほど印象的な人物にはなれなかったようです。
五年経ったらいい女になっているから、と宣言したテラですが、ゲームの設定ではその後アルガたちと別れ、父親ラドック率いる海賊団に身を寄せることになります。五年を待たず三年後再びアドルの前に現れ、カナン諸島に誘うことになるのは、続編「ナピシュテムの匣」でご存じのことでしょう。
ところで、原案小説のニーナといい、どこか幼いテラ(原案では11歳)といい、「ナピシュテムの匣」事実上のヒロイン・イーシャといい、幼女がヒロインになっているというのは、制作者も何か思うところでもあったのでしょうかね。
「イースV」は大きく二部構成で、それぞれに強敵が待ち受けています。彼らの思惑を軸に、物語は繰り広げられます。
原案小説版 | ゲーム版 |
ケフィンに忠誠を誓う気高き愛国の士。最期は誇りに殉じた。
原案:24歳。ケフィン出身の美青年。ケフィン王の忠実なる僕にしてドーマンの執事。外界に残された結晶をケフィンに持ち帰るべく地上に降り、ドーマンやイーブル一家を利用していた。ケフィンの理想とする「正義」のためアドルを同志にしようと誘ったが、意見があわず戦うことになり、結局アドルに破れる。
ゲーム:25歳の美女。ケフィン出身でケフィン王家の生き残り。ケフィンの封印が解けかけたのをきっかけに、三幹部を率いて外界に降りる。ジャビルとともにケフィン再臨のため動いていた。封印を完全に解くため、便宜上、治安部隊隊長としてドーマンと手を組んでいた。ケフィン再興にこだわり、誇りを捨てきれず、最期は崩壊するケフィンと運命をともにする。
リジェもそれぞれ設定が大きく異なる登場人物です。原案では美青年でしたが、ゲームではきつめの美女に変わってしまいました。変更の理由はわかりませんが、単に女性にした方がユーザーに受けるとでも考えたのかもしれません。とはいえ、愛国心を内に秘めた人物であることはどれも一致しているようです。
原案小説ではケフィン王に絶対の忠誠を誓っており、ケフィン王のために死にます。高邁な理想のために生き、理想のため自滅したという点で、あえて挙げれば、「ナピシュテムの匣」におけるエルンストが近いかもしれません。それと、原案小説ではリジェは王家に仕えているものの、王家の人間であるという記述はありません。
ゲームのリジェは、直接対決こそありませんが、黒幕ジャビルと結託してケフィン再興を狙う悪玉となっています。王家の人間であるにもかかわらず、ケフィン王を陥れたジャビルと共謀していることから、王家に内紛があったことをにおわせているのですが、劇中ではそれが全く描かれていません。原案同様リジェは王家のために生き、王家のために死ぬ愛国の士なのですが、捉え方によっては、単に支配欲の強い国粋主義者と受け止めることもできます。
制作者側としては、彼女もヒロインの一人になるのだそうです。悪のヒロインといったところなのでしょうか。そういやなんだったかの特撮戦隊物には、リジェという悪の女幹部が出てました...どうでもいい話でしたね。
サンドリア一の豪商。野望のためサンドリア救済を騙り、ケフィンの錬金術を手に入れようとした策士。
原案:44歳。ナルム王朝の末裔。ナルム王朝の復興とロムン帝国からの独立を唱い、「ナルムの使徒団」を組織していた。ケフィンの錬金術を狙い、結晶を集めていた。アドルに結晶探しを依頼していたが、結晶を全て手に入れると本性を現した。自ら研究した錬金術でアドルを倒そうとして自滅する。
ゲーム:ケフィンの錬金術で世界征服をすべく結晶を集めていた。一時的に利害の一致するリジェと手を組んでいる。スタンやアドルに結晶探しを依頼していた。結晶が揃う目前で本性を現し、ニーナを人質にアドルから結晶を奪う。錬金術で魔物に変身してアドルに襲いかかるが倒される。
ドーマンは前半の大ボスです。特に全ての結晶が揃ってから、ドーマンとの対決を経てケフィンへ向かう一連の流れは、相当量のテキストが割かれていますので、前半と後半をつなぐ中盤部分と捉えることもできます。
リジェに利用されていることは原案小説もゲームも同じなのですが、ドーマンのリジェに対する態度はずいぶん違っています。原案小説では、リジェはドーマンにその本意を明かしてはおらず、表面上は飽くまで忠実な執事として振る舞っています。ドーマンがリジェの本心に気が付いているという描写はありません。
一方、ゲームのリジェはドーマンの面前で裏切りの可能性さえほのめかしています。にもかかわらずドーマンはそれを承知の上でリジェと手を結んでいます。腹を探り合いつつも、利害が一致している間はお互いに利用しあうという、きわめて割り切った協力関係にあります。
原案小説では、ドーマンはナルム王朝の末裔です。ナルム王朝は五百年前にケフィンを狙ったがために自滅した王国という設定です。ドーマンは王朝を再興しロムン帝国を打ち倒すため錬金術の力を借りようとし、強力な錬金術を使うために必要な「賢者の石」を探していました。ケフィンを狙っていたのはそれゆえですが、結果その野心で自滅します。五百年前同様、ケフィンを狙う野心で自滅するわけですが、これが原案小説前半を支える枠組みとなっています。
ゲームではナルム王朝の設定はセーベ王朝として残っていますが、ドーマンがセーベ王朝の末裔であるという設定はないようです。ケフィンを狙った理由も、単に錬金術による世界征服と語られるだけで、単純な悪役となっています。
ケフィンを支配する王。決して悪を認めない正義の権化。それゆえジャビルに陥れられた。
原案:外見年齢50代。本来は正義と平和を愛する賢王。五百年前、戦争を厭いジャビルととも現在のケフィンを建設する。その後生誕祭による不老不死を餌にジャビルの傀儡と化す。正義を掲げるあまり、それに反対するものは全て悪と切り捨てるため、多くの人間が犠牲になった。スタン一行に生誕祭を阻止され、市民の前で醜い姿に変わり果てたところをアドルに倒される。
ゲーム:名前のみの登場。アドルがケフィンを訪れる前に薨去。ジャビルに陥れられたらしい。
原案小説では後半の強敵として、アドルの前に立ちはだかります。原案小説後半では(いまひとつこなれていないが)「正義とは何か」ということが大きなテーマとなっています。ケフィン王は、正義を追求するあまり害悪をもたらすという逆説をはらんだ人物で、更生を目指す盗賊イーブル一家と対比されます。強敵というばかりでなく、こうした役どころもある非常に重要な役です。
ところがゲームではすでに死んでおり、名前が現れるのみです。ジャビルに陥れられたこと以外の詳細はわかりません。登場しない理由はわかりませんが、イラストなどの残された資料を見る限り、その登場が取り消されたのはけっこう後のことだったのではないかと思われます。
狂気の錬金術師。王を陥れ裏でケフィンを牛耳っていた。
原案:外見年齢70代。五百五十年前結晶を用いて「ナルムの竜」を退治した。過去に死んだことになっているが「賢者の石」と一体化して生き続けていた。不老不死の術を餌に王を操っている。最後は「賢者の石」もろともアドルに倒される。
ゲーム:ジャングルで「賢者の石」を発見し、その力でケフィンを強国にした。王を陥れ、リジェとともにケフィンを支配し、地上への再興を画策している。「審判」を始めたために市民の評判はよくない。最後はアドルに倒される。
サンドリアの災厄はジャビルが司るケフィンの錬金術により引き起こされていまして、本編最後の敵として登場します。
原案小説では、ケフィンを地上から切り離し隠蔽した張本人でもあります。表向きには他国との戦争から逃れるためとされていますが、その真意はケフィンを地上から切り離すことで、己の研究に都合のよいように作り替えることにあったようです。
ところがゲームではリジェともども世界征服を企んでいます。原案小説のジャビルは飽くまで「自分にとっての理想郷」ケフィンの維持を考えているだけで、世界征服までは企んでいません。ゲームでは己の錬金術の威力を見せつけるため、地上への降臨を企んでいるように思われます。
また、原案小説では黒幕としてのジャビルは存在を隠しています。市民もジャビルが過去の偉人であることは知っているものの、今なおケフィンを牛耳っていることまでは知りません。ゲームではジャビルは最近現れた存在で、市民はその胡散臭さに気が付いており、評判も芳しくありません。
一言で言えばジャビルは「マッドサイエンティスト」(錬金術だからマッドアルケミストと言うべきか)で、錬金術のためならば、人を人とも思わない人物として描かれています。原案小説では、その非道ぶりを見せるなどそれなりに伏線を張った上で登場するのですが、一方ゲームではそうした前振りが少ないため、終盤で唐突に出現した感は否めません。
ドーマンに仕える下男。
原案:未登場。
ゲーム:ドーマンのため、サンドリアを訪れたアドルをスカウトする。フォレスタ村を案内した。以前スタン・ロポラとともに廃都を調査していた。
原案小説には、秘密結社本部で機械人形を操りアドルに襲いかかる「卑屈そうな小男」が登場します。これがツェットにあたるのでしょうが、名前は出てきません。
ツェットの名前はゲームで初めて登場します。イメージイラストまで用意されており、それなりに出番があったことを伺わせるのですが、残念ながら製品版では本当に序盤に少ししか現れません。「イース大全集」には、五年前に結晶を捜索した際「ルミナス」を持ち出してケフィン復活の原因を作った旨のことが書かれています。しかしゲームにそうした記述は全くありません。ついでに言うと「ルミナス」が発見されたのは五年前ではなく三年前です。
ゲームは原案小説の名残か登場人物は多いのですが、その割に各人物の描写が足りず、感情移入しづらくなっています。
バルク | アビス | カリオン |
王家に仕えるケフィンの重臣。ケフィンの体制に刃向かうアドルと敵対する。
原案:民政官のみ登場。ケフィンに着いたアドルたちを歓迎したが、ケフィンの真実は伏せていた。変身してアドルの前に立ちはだかったが敗れ去る。職務の執行に忠実。
ゲーム:三幹部のみ登場。バルク・アビス・カリオン。リジェの部下で、ともに地上に降りている。地上では治安部隊として暗躍していた。カリオンはニーナの店から王家のメダルを奪っている。ケフィンでアドルの前に立ちふさがるがあっさりと倒される。
民政官と三幹部は、ケフィンでアドルの敵となる存在です。民政官は原案小説のみ、三幹部はゲームのみの登場です。
原案小説での民政官は名前がありません。当初アドルたちを歓迎しますが、やがて怪しい部分を見せ始めます。
ゲームでの三幹部は、ケフィンを嗅ぎ廻るアドルを阻止すべく現れます。「見るからにあぶない」「こわい」と、最初から怪しい存在として出てきており、地上でもケフィンでも恐れられています。しかし、そのいずれも出番が少ない上に、弱いと来ているので存在感がありません。アビスに至っては、登場直後スタンに一撃で殺されます。
ついでにゲームでは間抜けさが際だったバルクは原案段階ではバルサムという名前でした。