小説版の人物設定はゲームのそれを取り入れていますが、その役割は基本的に原案小説と一緒です。原案小説の流れにそのままゲームの人物設定を組み入れると矛盾が生じる点があるので、そのあたりは作者が適宜アレンジを加えています。ここでは原案小説やゲームとも大きく異なった人物のみを採り上げます。
18歳。ケフィン出身。記憶を失い砂漠で倒れていたところをスタンに救われる。半魚人やマーシャに見守られつつサンドリアで生活していた。感受性の鋭さゆえ審判で悪人と判定されていたが、ジャビルに拾われ、記憶を操作された上で外界の偵察に送られた。しかし「封陣」のためジャビルの影響から逃れていた。それでも時折ジャビルの思念により意識が途切れることがある。ジャビルに操られるまま、リジェに続いてケフィンに行き、アドルを陥れる。最後にはジャビルの命令を振り切ったが、戦っていたリジェとアドルに割って入り、重傷を負ってしまう。
小説版は年齢こそゲームに即した物になっていますが、その役割は原案小説とゲームを折衷した上で、作者の創作を加えたものになっています。ジャビルとオーウェルは敵対してますので、ニーナの立場はまるきり変わったことになります。小説版では「賢者の石」を崩壊させるのはマーシャの役目なので、こういうアレンジになったのでないかと思われます。
25歳の美女。地上出身。五百年前にケフィンを追われたケフィン王の従弟ガトー公の末裔で「ナルムの使徒団」の頭領。一派の復権のため、ケフィン王を追い落とすべく、結晶を集めてケフィンを目指す。「ナルムの使徒団」としてドーマンを利用する。ジャビルによりケフィン王の後継者に指名されるが、操り人形になるのを潔しとせず、反逆しケフィン市民の解放を訴えた。ケフィン崩壊後は、その徳を慕うケフィン遺民に担ぎ上げられ、復興の指導者となる。
ゲームではサンドリア治安部隊の隊長でしたが、小説版では「ナルムの使徒団」の首領に収まっています。治安部隊も使徒団もドーマンの私兵であることに変わりはないのですが、サンドリア防衛とナルム王朝復活と、その表向きの使命はまるきり違います。リジェはケフィン王族なのですが、「ナルムの使徒団」を隠れ蓑として、ドーマンを利用しています。
リジェの描写が一番うまいのは小説版です。ゲームではまるきり省略されたケフィン王国の内紛を採り入れ、その渦中に置き直すことで、リジェは原案やゲーム以上に見せ場のある人物となりました。小説版はリジェがケフィンを目指すことになったきっかけを描くプロローグから始まっています。原案小説やゲームと違い、幸福な結末を迎えるのも小説版ならではです。
なお、リジェの役割が変わったのに伴い、ドーマンをそそのかしたのはツェットになっています。
ケフィン隠蔽の際、ガトー公やオーウェルといった政敵を地上に追放した。つい最近まで生きていたことになっているが、やはり「賢者の石」と一体化して、陰でケフィンを牛耳っている。最後はフォレスタを失ったストーカー怒りの突撃により、相打ちになる。サラバット不肖の弟子。
ジャビルの役どころは原案小説とほぼ同じなのですが、ケフィン王を捨て、リジェを手玉に取ろうとするなど、さらにその非道さが上がっています。最期はアドルではなくストーカーに倒されます。
ジャビルがのし上がるきっかけとなった「ナルムの竜退治」についても触れておきます。原案小説では魔物退治として描かれていますが、小説版ではナルム川の治水事業となっています。暴れ川を竜に見立て、その治水事業を竜退治にたとえるという、素戔嗚尊(スサノオノミコト)のヤマタノオロチ退治を思わせるこのアレンジは巧いと思います。
ドーマンの下男。その正体は秘賢者にしてジャビルの忠実なる僕。結晶を集めるべくジャビルの命を受け地上に降り、ドーマンの野心を刺激して、ケフィンの「封陣」を破る。案内人としてスタンの冒険にも同行したが「ルミナス」の処遇を巡り対立する。サンドリアでは後任のアドルを案内する。「封陣」が完全に解けると、目覚めたフォレスタをケフィンに連れ去り、ジャビルのため動いていた。ケフィン王生誕祭を阻止すべく現れたアドルの前に立ちはだかるが敗れ去る。原案小説のリジェに匹敵。
ゲームでは序盤のみに登場する全くの端役なのですが、小説版では手強い曲者としてアドルの前に立ちはだかります。小説版でのツェットの役どころは、原案小説でのリジェとほぼ同じです。リジェがまるきり別の人物になってしまったために、ツェットが代役に抜擢された形になっていますが、小説版でもっとも出世を遂げた人物でしょう。
サンドリアの市長。「ナルムの使徒団」蜂起により市庁舎に捕らわれる。アドルに救助された後は、アドルと協力して「ナルムの使徒団」を撃退する。アドルに船を貸すと同時に、自らも警備隊を率いて使徒団の本拠地キルプ島に渡っていた。
原案小説ではサンドリアの市長が登場し、島に渡ったドーマンを追うのに協力してくれます。小説版でもサンドリアの市長が登場し、同じように協力してくれます。原案小説ではドーマンとの対決の前に、「ナルムの使徒団」に占拠されたサンドリア市庁舎を解放し、市長を救出して舟を借りるというイベントがあるのですが、ゲームではまるきり省かれています。小説版ではこのイベントもきっちり描いています。
マーシャの大家。マーシャに気があるらしく、こっそりと身辺警護をしている。「ナルムの使徒団」蜂起時、アドルのラムゼン脱出に手を貸した。また、頼まれてニーナをキルプ島に連れてきた。
原案小説では、マーシャに気がある青年が登場していますが、小説ではそれがグートという人物になっています。原案小説では村人Aといった扱いなのですが、小説版のグートは、中盤でアドルを手助けしたり、ニーナを本拠地の島に連れてきたりと、単なる村人Aでは収まらない活躍を見せます。
ケフィンを探るアドルと接触し、スタン救出を依頼した。その後も王城侵入など、アドルの活動を手引きする。ジャビルの本拠地にも乗り込んだ。
ゲームでいうところのジャン、原案小説の「謎の男」にあたる役ですが、こちらはジャンよりも勇敢で、アドルがジャビルの本拠地に臨む際、スタンやマーシャ、イブール一家とともにアドルに同行することになります。
リジェの腹心でガトー公一派の子孫。キルプ島でガトー公の子孫リジェの到来を待っていた。「ナルムの使徒団」として活動し、リジェのケフィン行きを手伝った。ケフィン崩壊後は「ナルムの使徒団」を率いてリジェの元に駆けつけ、難民の救助活動に当たった。
ゲームでいうカリオンに匹敵する人物ですが、役どころはカリオンとは大いに異なります。グリッドをはじめ、ガトー公を支持した一派の子孫たちはリジェに忠誠を誓い、ケフィンでの復権を狙っています。そのためリジェ同様「ナルムの使徒団」を隠れ蓑としてドーマンを利用しています。
密林の泉に住んでいる。五百年前、オーウェルたちとともに「封陣」を張る。ストーカーの頼みでアドルに「ピュイ」を渡した。トピィは半魚人の一人。陰ながらニーナの手助けをし、ニーナとも面識がある。密林ではアドルをネードの元に導いた。その後も何度かアドルの手引きをした。事件解決後、旅立つアドルに餞別として魚を贈った。
小説版には、原案小説では一緒だった半魚人とネードが別々に登場します。半魚人は川の神様と呼ばれており、その半魚人たちを見守る存在がネードということになっています。ネードは原案小説での密林の村長の役割を兼ねています。半魚人ことトピィは原案小説よりも出番が多くなっています。
ついでに、水の結晶は原案小説では「ビュイ」と呼ばれていますが、ゲーム・小説版では「ピュイ」と、濁音が半濁音に変わっています。
五百年前「封陣」を張っていたところ、ガトー公に阻止されかけたが、結晶の暴走により氷漬けになる。「封陣」が完全に解けたのを受け、マーシャにより蘇生される。そこをツェットに誘拐され、ケフィンに連れて行かれる。最終決戦では身を挺して賢者の石を制御しようとしたが、その隙をジャビルに突かれ絶命する。最後はサラバットの手により、フォレスタに殉じたストーカーとともに腕輪に封じ込められた。
五百年前「ルミナス」の暴走により、氷漬けになったフォレスタを守るため、サラバットに頼んで腕輪の魔人にしてもらう。フォレスタ洞窟で魔物としてアドルの前に現れ、その腕を見込んでフォレスタ救出を頼む。その後気まぐれに出現し、アドルの手助けをした。フォレスタを殺された怒りでジャビルに捨て身の突撃を仕掛け、差し違えた。最後はサラバットにより、フォレスタともども同じ腕輪に封じ込められた。
ゲームでは過去の歴史を変えることで幸福な結末を迎える二人ですが、小説版では悲劇的な最期を迎えます。五百年の時を経て現代に蘇ったものの、今度はジャビルと対決して二人はその命を失うことになります。
原案小説の流れにこの二人を取り込むのが一番苦労したのでないかと思われますが、ゲーム同様、とってつけたような印象は否めません。ストーカーの出番がごく限られているのが理由のように思われます。
ストーカーとジャビルの師匠。五百年前、オーウェルたちが「封陣」を張るのに手を貸す。アドルに結晶の意味と役割を教える。セーベ遺跡を脱出したアドルを保護し、ケフィンとナルム王朝を巡る五百年前の歴史を教える。ケフィン崩壊後、フォレスタとストーカーを弔った。
小説版でのサラバットは、結晶の番人ではありません。小説版では登場しないガラムの役割が振られています。ストーカーの師匠で歴史の生き証人という性格が強くなっています。
歴史上の人物。フォレスタの父でマーシャの遠い先祖。ケフィン新都造営に際し、ジャビルによりガトー公共々放逐された。外界への影響を懸念し、ケフィンを異界に封じ込めようと「結晶」を用いて封陣を張る。
小説版のオーウェルは五百年前の人物で、すでにこの世の人ではありません。ゲームのようにケフィンに残っているということもなく、ジャビルにより地上に追放されています。自らが中心となりケフィンを封印したのはゲームと同じなのですが、ゲームよりも納得がいくものになっています。
歴史上の人物。ケフィン王の従弟にして政敵。リジェの先祖。戦争を嫌う王に対し、賢者の術による拡大政策を唱えた。ジャビルによりオーウェルともどもケフィンを追放されたものの、ケフィンでの復権を狙っていた。「封陣」によりケフィンで復権する道が永遠に閉ざされるのを懸念し、自らフォレスタのもとに阻止に向かったが、結晶の暴発により絶命する。その悲願は代々伝わり、リジェの前にも亡霊として現れていた。
小説版最大の発明といえるのが、このガトー公です。原案小説には登場しませんが、イメージイラストは残っているので、ゲームに出てくる予定はあったようです。ゲームには結局登場しませんでしたが、王を陥れたジャビルと王家のリジェが手を組んでいるところに、その設定の痕跡を見ることができます。
小説版では、原案小説やゲームでは描かれていない、ケフィン王家の内紛が盛り込まれています。ガトー公はケフィン王の対抗勢力で、他国との関係を絶つ鎖国を望むケフィン王に反対し、錬金術による積極的な領土拡大を唱えていました。小説版において、ケフィンを都市ごと浮遊させる隠蔽計画そのものはケフィン鎖国政策の要です。王に与するジャビルにとって、対抗勢力であるガトー公や、同じ有力な錬金術師であるオーウェルは邪魔者で、ケフィン隠蔽の際地上に追放されました。
ケフィンは地上を離れた途端、地上の精気を吸い始め大地を荒廃させていきました。これを憂慮したオーウェルはケフィンの影響を食い止めるため、浮遊するケフィンを狭い範囲に縛り付けようとします。それが結晶を利用した「封陣」です。ゲームでフォレスタの元に差し向けられたのはジャビルの放った兵士ですが、小説版ではガトー公に変わっています。「封陣」を張っても廃都の遺跡からケフィンに行けることになっているので、なぜそちらを使わなかったのかという疑問は残りますが、ともあれ、リジェと王家の間にガトー公という人物を設けることで、物語の描写に奥行きが出ています。
またガトー公を盛り込んだ結果、リジェはゲームとも原案とも異なる人物になったので、空いた役にツェットが抜擢されることになります。「ガトー公を盛り込むことで、リジェとツェットが生きてきた」というのはこういうことです。