名作になれなかった迷作を探る〜イースVゲームシステム編

 話によると「イースV」はシリーズでもっとも売れなかったそうです。ゲーム本編もさほど評判が良くありません。にもかかわらず8年後、続編「イースVIナピシュテムの匣」の発売を目前に、再評価の動きが高まったのはなぜなのでしょうか? 今回はこれまで十分触れられなかったキーワードについて述べた後で、いよいよ「イースV」がどういう作品であったかについて考察します。


キーワード比較

結晶

六つの結晶

 物語の前半部分は、結晶集めが目的になります。物語では森羅万象を構成する元素の力を宿したもの、とされています。結晶はケフィン由来の品で、錬金術の力の源であるだけでなく、ケフィンへの鍵となっています。

 原案小説では全部で光(ルミナス)・水(ビュイ)・土(テール)・炎(アグニ)・闇(ニュクス)の五種類です。ゲームではそれに風(ヴェント)の一つが増え、六種類になっています。しかし風の結晶がゲーム中アドルの手に渡ることはなく、存在意義はきわめて薄いです。元素三つを組み合わせて作る錬金魔法が全20種類しかないことを考慮すると、ゲームシステム的に、増やす意味は全くありません(注1)。参考までに、各種結晶の在処を示しておきます。

結晶原案ゲーム
ルミナスドーマンが所有(入手場所不明)ドーマンが所有(フォレスタ洞窟でスタンが発見)
ビュイ滝の裏の洞窟(イーブル一家が強奪)ネード洞窟(イブール一家が強奪)
テール密林(密林の村の長老に託される)ジャングルの大穴(試練のためサラバットが鍾乳洞から移動)
アグニ旧ケフィン遺跡(コボルドに託される)セーベ遺跡(ガラムが入手を見届ける)
ニュクスセーベ遺跡ケフィン廃都
ヴェント-本拠地の小島(最初にドーマンが発見)


サンドリアの地理

サンドリア近辺の地図

 ゲームと原案とでは方角が入れ替わっています。例えば原案小説では砂漠はサンドリアの西に広がっていましたが、ゲームでは東に広がっています。ラムゼンや密林地帯はサンドリアの南ではなく、北にあることになっています。
 当初は「イースIV」同様、南北を反転して、ゲーム画面の上が南になるようにする予定だったのでしょうが、何か思うところでもあったのか、ゲームでは画面の上がそのまま北となっています。ちなみに上記のイメージイラストのマップを見ると、下の方が北になっています。

砂漠は東に
ゲーム中、砂漠は西でなく東にある

 とはいえ、ゲームが原案を元にしている分、同じサンドリアとケフィンが冒険の舞台であることはあたりまえなのですが、その詳細は若干変更されています。ゲームではコキリコ村や森林地帯といった、原案には登場しないマップが追加されています。ついでに「ナルム」「死の砂漠サファル」(注2)の名称はゲーム中全く現れません。


ナルム王朝

セーベ遺跡外観
ナルム王朝の墳墓、セーベ遺跡の外観

 ドーマンの私兵として、原案小説には「ナルムの使徒団」が登場します。かつて一帯を支配したナルム王朝の再興を企む秘密結社で、王朝の末裔ドーマンが操っていることは秘密になっています。ナルム王朝対ケフィンという古代史上の対立が、原案小説前半の背景であることはすでに述べましたが、ドーマンの私兵「ナルムの使徒団」の暗躍はその伏線を担っています。
 セーベ遺跡はナルム王朝歴代王の墳墓で、原案小説前半の最終面です。ドーマンはここで王朝の再興という真意を明かすのですが、古代史の因縁を印象づける舞台装置となっています。

 ナルム王朝はゲームではセーベ王朝に翻案されましたが、その全てがゲームになったわけではありません。「使徒団」は「サンドリア治安部隊」に変わっています。ゲームのマニュアルに「ドーマンの治安部隊」と明記されていますので、ドーマンとの関係は特に伏せていることでもないようです。その任務はサンドリアの治安維持です。ドーマンともども王朝の復活を企んでいるという記述は全くありません。ゲームのセーベ遺跡は王朝唯一の遺物と語られていますが、特に広くもない、ただのダンジョンの一つです。

 ナルム王朝ことセーベ王朝とドーマンには何の関係もなく、従って「サンドリア治安部隊」もセーベ王朝とは全く関係がありません。ゲームの本筋に関わる設定ではなくなっています。王朝とケフィンの対立は前半の背景だっただけに、奥深さがなくなったような気もします。


ケフィン古代史

 ゲームの背景となっている古代史は、結晶が地上にある理由を語るものです。原案小説では「ナルムの竜退治」、ゲームでは「ケフィンの封印」がそれとして語られます。どちらもこれまで触れていますが、ここでもう一度改めて触れることにいたします。

 「ナルムの竜退治」とは、ケフィン王が敵国ナルムに出没した竜を錬金術の力で退治したという伝説です。ジャビルはそれに従い、結晶で邪竜の動きを封じ込め、王を手助けしました。結晶はそのまま地上に残され、ナルムの民の崇めるところとなりましたが、長い年月を経て忘れ去られ、散逸したことになっています。
 竜退治は、ケフィン王がナルム王朝との戦争を回避すべくとった友好政策だったのですが、ナルム王の野心はとどまることがなく、ケフィンを狙おうとしました。ジャビルの進言もあり、結局ケフィン王は地上での確執に嫌気がさして、錬金術の力でケフィンを地上から切り離し、異界へと隠蔽するととなります。五百年後、結晶が地上に散逸していることを知ったリジェは、回収のため自ら地上に降り立つこととなります。
 ここからわかるように、結晶が封じていたのは飽くまでナルムの邪竜でしかありません。ですから突き詰めると粗が出てきます。後にリジェが回収を企むほどの結晶を、なぜジャビルがケフィンに持ち帰らなかったのか。散逸したところでそれが封じていたナルムの邪竜はどうなったのか。そもそも五百年以上もケフィンの外にあって何も困ることのなかった結晶をなぜ今更回収する必要があったのか。その理由は明記されていません。

救われた二人
ストーカーとフォレスタは古代史を担う重要人物

 こうした疑問に思うところでもあったのか、あるいは竜退治では理由として弱いとでも考えたのか、ゲームでは結晶が地上にある理由を「ケフィンを封印するため」としています。そのおかげで、先述した疑問は解消されています。
 ジャビルが発見した「賢者の石」により、ケフィンは強国になったものの、それと同時に地上に悪影響が現れ始めました。ジャビルによる錬金術の悪用と地上の荒廃を懸念したオーウェルは、結晶を用いてケフィンの封印を試みます。それを潔しとしないジャビルは、結晶「ルミナス」を守っていたフォレスタとストーカーの元に兵士を送り込み、封印を阻止しようとしましたが、フォレスタ決死の魔法により失敗します。しかしそのおかげでフォレスタは氷漬けになり、ストーカーは彼女を救うべく「時の腕輪」の力で魔人となってしまいます。
 地上の時間で五百年後、物語の三年前。「ルミナス」が持ち去られたのを受けて、リジェが地上に降ります。リジェの目的は結晶を集めてケフィンの封印を完全に解き、ケフィンを地上に再興させること。リジェは地上でその計画を着々と進めていきます。封印が弱まったため、ケフィンの影響が地上に及び始め、砂漠化や魔物の出没といった災厄が起きはじめます。

 ところが、ゲームには決定的な矛盾を招きかねない箇所があります。「ルミナス」が持ち去られたことにより封印が破られたのは三年前となっていますが(ドーマン・リジェ・サラバットが証言している)、オーウェルが結晶の異変に気づき、ニーナを地上に送り込んだのが地上時間で五年前です。その頃全てのきっかけとなった「ルミナス」はまだ発見すらされていません。
 結晶の異変がドーマンが最初に発見した「ヴェント」に起因するとすれば筋は通りますが、ゲームでは「ルミナス」による影響と、はっきりと区別して語られているわけでもありません。ゲームはSF的な時間軸の考証が不十分らしく、そのあたりの描写があいまいです。


本拠地

ドーマン島
本拠地ドーマン島の図

 物語の中盤で島に渡る場面があります。原案小説の場合、島はドーマン率いる「ナルムの使徒団」の本拠地なのですが、ゲームでは「サンドリア治安部隊」の本拠地というわけでもありません。ドーマンが風の結晶「ヴェント」を見つけた場所ということになっています。
 島が秘密結社の本拠地でなくなったせいか、なぜドーマンが島に拠点を作ったのかを説明するために、新しい結晶「ヴェント」が作られたのではないかと思われますが、蛇足となっています。
 島はドーマンとの決戦の場所で、物語上大きな山場の一つです。島に渡って強敵と戦う展開は「ワンダラーズ」のガルバラン戦を彷彿させますが、それはさておき、ゲームでは、島に渡ったことさえわかりづらい演出のまずさと、端折りがちな展開のせいで、あまり盛り上がりません。


ケフィン王家

 物語の後半では、アドルはケフィン王家と王家を操るジャビルと対決することになります。
 原案小説ではケフィン王がケフィンを支配しており、さらにそのケフィン王を、不老不死の錬金術を餌にして、影からジャビルが操っています。ケフィン王が五百年生きていることは市民の誰もが知っていますが、ジャビルは霊廟を作ってまで死を装い、その存在を隠しているので、いまだ生存してケフィンを牛耳っていることまでは知りません。ジャビルとケフィン王にとっては、ケフィンの維持が最大の関心事で、地上のことには興味がありません。

ジャービル廟内部
ジャービル廟。ゲームには出てこない

 ゲームでは、ケフィン王はすでに死んでいます。王位は現在空位で、王家の生き残りであるリジェが代行者として王家の執務を取り仕切っています。その先王を陥れたのがジャビルです。最近現れた人物ということになっており、もちろん生存しています。原案小説と違い、リジェと手を組み地上進出を企んでいます。
 王家の人間リジェが、先王を陥れたジャビルと手を組んでいるのは今ひとつ納得しがたいのですが、原案段階で消えていったガトー公を間に挟むとすんなり理解できます。小説版によれば、ガトー公は王の従弟でありながら、孤立鎖国政策を進めるケフィン王に反対し、錬金術による拡大政策を唱えた人物です。リジェがガトー公の血統と思想を継いでいるならば、王家の人間でありながら、先王を陥れたジャビルと共謀していても矛盾はありません。

 ケフィン王やガトー公が登場しなくなった理由や、ジャビルが一転して地上を狙うようになった理由はよくわかりません。24MのROM容量に物語が収まり切らなかったせいかと荒井は思うのですが憶測にすぎません。ともあれ、原案がゲームになる過程で少なからず混乱があっただろうことが、空位のケフィン王位に見てとれます。


審判

審判の目的

 ゲームであれ原案であれ、物語の後半はケフィンの「審判」が背景にあります。原案小説では、「審判」は地上から来た人間の入国審査であるほか、ケフィン市民の義務で、十年おきに善人と悪人をより分け悪人を排除するというものです。悪人とされた人間は人知れず隔離され、やがてジャビルの錬金術の実験台にされます。特に子供は「生誕祭」でケフィン王が若返るための生け贄にされます。正義を実現し善人のみの都を作るという、ケフィン王の理想を実現するためのものではあるのですが、結果的に多くの犠牲者を生みました。物語が進むにつれてこうしたケフィンの非道が暴かれていくという流れになっています。

 ゲームの場合「審判」は都を支える錬金術の生け贄を得るためのものです。ケフィン市民の義務ではないのですが、度々開かれ、催眠術で集められたケフィン市民が「審判」にかけられるといったものに変わっています。ジャビルが現れて以来始まったとのことですので、「賢者の石」に生け贄を捧げているものと思われます。特に封印が解けた後は、時空を乗り越える錬金術に供する生け贄を得るため、大規模な審判が開かれました。しかし「パルチザン」の蜂起で阻止されます。リジェとジャビルは捕らえていたイブール一家とニーナを代わりに生け贄にしようとしました。
 「審判」はアドルがケフィンに疑問をいだくきっかけですが、原案小説では徐々に「審判」の何たるかを見せていくのに対し、ゲームではジャンやスタンがすっかり説明してしまうため、唐突さが目立ちます。

 ゲームではマップ移動を省き、オートデモを繋いで物語を進める場面が度々現れます。こうした手法はテンポよく物語を語れる利点があるのですが、逆に言えば物語を急に進めることでもあるので、展開が唐突になりがちです。「イースV」の場合、裏目に出てしまったようで、特にゲーム中盤以降は説明不足なこともあり、展開が端折りがちな印象は否めません。おかげで山場でもさほど盛り上がらず、損をしているように思われます。


錬金術

 「イースV」はケフィンの最期を古代史の確執に絡めつつ描いた話です。その確執の中心にあるのが、ケフィンが誇る古代錬金術です。「イースV」は全編を通じて錬金術にまつわる謎を解きあかす話だということもできます。
 本作にて錬金術とは、森羅万象を構成するいくつかの「元素」を人為的に組み合わせ、万物を生み出す術と定義されています。その「元素」を「エレメンタル」と呼んでいます。エレメンタルは六種類あります。「結晶」とは強力なエレメンタルでして、その力を引き出すためには他に触媒となるものが必要となります。触媒の中でも最強とされるのが、最終的に破壊することになる「賢者の石」です。
 ところで「イースII」では、魔を倒すために魔法を使う矛盾に物語上重要な意味があるのですが、本作でもそうした「錬金術の矛盾」を演出しようという意図はあったようです。


五つ目の冒険

 マニュアルによれば「彼(アドル)の代表的な冒険には、初心を大切にするという想いから、『イース』から数えていくつ目の挑戦であるかが表記されている。」とのことです。これを指して「『セルセタの樹海』は『フェルガナ冒険記』以前の話なのになぜIVなんだ!」との突っ込むファンも目立ちました。巻数とゲームのナンバーは違うと好意的に解釈する向きもありますが、この一文はただ単に制作者による後付設定で、そこまで考えていないと捉えるのが妥当でしょう。


脚註

注1:順序を考慮しない場合、5つの元素から任意に3つを取り出す組み合わせは
5^3-4^3-3^3-2^3-1^3=125-64-27-8-1=25 で全25通り。魔法が20種類しかなければ、元素は5つで十分足りる計算。

注2:「イース」プロローグ小説には「スハラ砂漠」の名前が現れる。サファルとも違うのだろうか。

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