愛染峠(あいぜんとうげ)は昭和46年(1971年)に開通した、山形でも比較的新しい峠である。しかし新しいからといって、華々しい道だとは限らない。
峠は白鷹町最奥の集落黒鴨と朝日連峰登山基地として知られる朝日町の朝日鉱泉とを結んでおり、白鷹側は黒鴨林道、朝日側は西五百川林道(にしいもがわりんどう)がそれぞれ通じている。むしろこれら林道開通によってできたのが愛染峠で、はっきり言って非常な山奥にあるのだが、こんなところに新しい峠があるのには、それなりの理由がある。今回紹介するのは、その黒鴨から朝日鉱泉に抜ける林道だ。
峠口こと黒鴨林道起点は、黒鴨集落の入り口にある。起点には目印代わり、昭和50年(1975年)に建てられた「朝日岳表登山口」の標柱がある。この峠ができた謎を解く鍵の一つなので、よく覚えておこう。
道を挟んで向かいにある林道の看板は真っ赤にさびていた。
さっそく黒鴨林道に足を踏み入れると、しばらくは鬱蒼とした杉林の間を走る。
黒鴨林道は自動車でも通行可だが全線未舗装である。未舗装林道としてはよく手が入っているが、車高の低い車では難儀すること請け合いだ。
峠まではこんな未舗装路が18キロにわたって続く。砂利道好きには堪えられないが、一般人には耐え難い。
走っていると、時折こんな標識が見つけられる。黒鴨林道は全線に亘って風景にあまり変化がないので、何よりの道標となる。
起点から1キロ少々入ったところに枝道への分岐がある。大幅な寄り道となるが、薮をかきわけながら枝道を20分ほど歩いていったところには山神塔がある。
碑は幕末の安政4年(1857年)に建てられたものである。その頃峠はまだなかったが、このあたりまで人が来ることはあったようだ。
その昔、この近辺には朝日風穴という風穴があった。風穴とは年中冷たい風が吹き出す穴で、電気のない昔には天然の冷蔵庫として利用されることもあった。ここ朝日風穴も、明治後期に黒鴨の人々が風穴の廻りに石垣を築き、養蚕用の蚕種保存庫として使っていたと伝わっている。おそらくこの枝道は風穴への連絡路としても使われていたのだろう。風穴に行き来した人々も、この山神様に仕事の無事を祈ったりしていたのかもしれない。
黒鴨にある観光案内看板から。林道沿いに「風穴」の表示がある。
風穴の存在はそれなりに知られていたようで、旧い地形図には風穴の場所が記載されている。黒鴨入り口にある案内看板にも「風穴」の文字が見られる。養蚕で使われることがなくなっても風穴は永らく残っていたようで、1990年代までは黒鴨林道から気軽に行けるような状態だったらしい。ところが近年すっかり忘れ去られたようで、現在は地元白鷹町の教育委員会でも具体的な場所を把握していなかった。荒井もあれこれ探し廻っているが、いまだ見つけられずにいる。
林道に戻って先へ進む。杉林が切れたところから振り返ると、ふもとに黒鴨の家並みが見えた。民家が見えるのはこのあたりまで。
入り口から2キロ入っただけだが、このあたりまでやってくると、もはや山しか見えなくなる。
資料によれば先述の朝日風穴は、林道2キロ付近にある分岐を左に入り、200mほど進んだところにあるという。おそらくはこの沢筋の近くにあったものと思われるが、奥の方まで分け入ってみても、それらしい遺構は見つけられなかった。ところどころに見えるテープは、白鷹町で開かれるモトクロス大会「サンシャイントライアル」用のもの。峠は山形有数のロングダートとして、その筋の愛好家にはよく知られている。
2キロ地点を過ぎると杉林も少なくなってきて、周囲が明るくなってくる。とはいえ鞍部まではまだまだ砂利道を走らなければならない。
林道は実淵川上流の渓谷を見下ろしつつ、山ひだに沿って伸びている。だから終始こんな崖っぷちは当たり前のように現れる。
4キロ地点までやってきた。多くの林道がそうであるように、黒鴨林道も見通しの利かない道が続く。
ガードレールなんてものはない。転落したら一巻の終わりなので、くれぐれも安全運転で走りましょう。
かくして7キロほど分け入ってきた。道標となった標識も、これを最後に姿を消す。
黒鴨林道は急峻な山腹を通っており、至るところで復旧工事の標柱や処置した跡などを目にする。林道建設には相当な苦労があったようだ。
延々と山道を走ること9キロ、ようやく中間地点に到着。道ばたの大きな株が目印代わりだ。
大株を過ぎてすぐのところには分岐がある。こちらは柳ヶ沢山の北側を通って鮎貝につながっている模様。
中間点を過ぎたあたりで右手の斜面を見上げると、山肌に固められた法面が見える。あれももちろん林道で、間もなくそこを通ることになる。
山ひだに沿ってひたすら走る。林道は谷筋の奥まったところで白滝橋を渡り、大きめの沢を横断する。白滝橋は黒鴨林道唯一の橋だ。
白滝橋を境に、路面が少々荒れてくる。ガレ場や沢水があふれる路面、流水が穿った溝等が次々に現れる。
ずいぶん山奥まで入ってきたが、あいかわらず道には相当に手が入った痕跡が認められる。林道は至るところで直したり崩れたりを繰り返しているのだろうか。
延々と砂利道を走っていくと、やがて西に稜線が見えてくる。稜線は峠の北にある頭殿山(とうどのさん)と南にある長井葉山を結ぶもので、愛染峠はこの二つのちょうど真ん中あたりにある。
稜線の直下にも道らしいものが認められるが、これは後ほど紹介する大規模林道の跡。
稜線目指して走っていると、作業道との分岐に遭遇。黒鴨林道にはいくつか分岐点があるが、本道がわかりやすいので、迷う心配はあまりないだろう。
峠間近というところで、派手に崩れた路面に遭遇。道が半分えぐれ、流水溝が転落している。
林道は崩れやすい一方、工事の手はまめに入っているようだ。2年後に訪れたときには、現場がどこだか分からないほど補修されていた。
だいぶ上まで登ってきたところで、結構立派な流水溝を発見。ここまで来れば峠はもうすぐ。
いよいよ稜線上に出る。山奥にもかかわらず、鞍部手前で道はなぜか舗装路に切り替わった。
そして舗装路を少し走ると、やけに立派な追分に出た。峠に行くにはここを右折する。
約18キロのロングダートを走り抜け、ついに峠に到着。鞍部は広場になっていて、一休みにはもってこいだ。
鞍部からは東の眺めがよい。天気が良ければ白鷹山や、その向こうの笹谷峠や蔵王まで一望できる。