磐梯山と桧原湖

磐梯山

 峠を福島側に下っていった先は裏磐梯で、名勝桧原湖と磐梯山が控えている。
 裏磐梯はその豊かな自然ゆえ、今でこそ保養地として人を集めているが、その自然には、街道が衰退した理由が隠されている。

 檜原峠の衰退は近代に始まる。その一因を作ったのは、おなじみ初代山形県令三島通庸だった。三島は米沢に二つ、大きな道を造っている。ひとつはもちろん萬世大路で、もうひとつは八谷街道に作られた大峠。これら道は関東との近代的な輸送を意識して作られている。檜原峠の道は、便利のいい萬世大路や大峠に取って代わられることになった。

桧原湖北岸より檜原地区を見るの図

 そして追討ちを掛けるかのように、決定的な事件が起こる。明治21年(1888年)、磐梯山の噴火である。
 噴火は大規模なものだった。水蒸気爆発により磐梯山は激しく崩れ、コニーデ型の秀麗な山は、双耳峰に変わってしまった。ふもとになだれ込んだ岩屑は川の流れをせき止め、湖を生み出した。その湖こそ、桧原湖である。
 噴火は周囲の自然を大きく変えた。この大災害により道の一部と宿場町一つが水没し、街道は分断された。こうして千年にわたって人々が往来し続けた会津米沢街道は、本格的にその命脈を絶たれてしまったのだ。


水没鳥居

大山祗神社 水没鳥居

 桧原湖北のほとりに、大山祗神社(おおやまつみじんじゃ)がある。これは水没した桧原宿の高台にあったものである。
 神社の前には鳥居が水に浸かって立っている。宿場町はこの沖の湖底に沈んでいる。冬場など、桧原湖の水位が下がった時には、かつての宿場町と繋がる参道が、水上に姿を現すことがあるという。


檜原歴史館

檜原歴史館

 大山祗神社の東方には、会津米沢街道檜原歴史館がある。中では昔の桧原宿や北塩原村の暮らしにまつわる展示が見られる。建物は古い検断屋敷を移築・改修したもので、往年の街道筋の様子を少し偲ぶことができる。


米沢側峠口

米沢側峠口中丸沢

 永らく薮に埋もれ、廃道と化していた峠だが、整備・保存を求める声の高まりを受け、平成20年(2008年)には福島側の薮や倒木が苅り払われている。そして翌21年(2009年)秋には米沢側が整備され、ついに再び全線が通れるようになった。今度は米沢側から鞍部を目指してみよう。
 綱木より百子沢林道を2キロ少々南に進んだところ、中丸沢と綱木川の合流地点が山形側の峠口である。平成21年秋に標柱や看板が設置され、一目でそれとわかるようになった。

まずは川岸に降りていく

 標柱のところから、川岸に降りる道が延びる。その先に見える丸木橋が、道があることを示している。この丸木橋も整備にともない新しく架け渡されたものである。


米沢側の様子

米沢側の様子 若干荒れ気味

 米沢側は、荒れ気味の登山道といった趣の道が続く。

丸木橋 崖を見ながら歩きます

中丸沢に沿って進む

 前半は中丸沢に沿って進む。古い地形図では、中丸沢は「行燈沢」の名で記されているが、地元では「峠の沢」と呼ばれていたそうだ。

丸木橋けっこう見かけます 木を伐った跡

 荒れ気味だが人の手が入った気配は随所で見られる。整備にあたった有志の方々につくづく感謝。


中腹の様子

日当たりのいい平場

 日当たりのいい平場に出た。このへんが米沢側の中ほどに当たるが、しばらく少々道が荒れた場所が続く。

急ごしらえの階段

 地面をうがっただけの急ごしらえの階段が見える。やはりここにも人の手は入っているのだが、この付近は道が若干判りづらい。道中に標識の類は一切ない。慎重に道を追っていこう。

杉並木その一 杉並木その二

 荒れ気味の杉並木。中腹ではちらほらと杉林を見かける。ややもすると迷いそうで、冷や冷やしながら進む。

ぬかるみ地帯

 ぬかるみ地帯が現れた。ここを抜ければひとまず難所はひと段落。


九十九折り地帯

九十九折り地帯 九十九折りを上から見るの図

 ぬかるみ地帯を出て程なく、幾重にも折りたたまれた九十九折りが現れた。
 ちなみに伊能忠敬は檜原峠を評して「曲がり道が多くてまた急だ」といった旨のことを言っていたそうだが、このあたりのことを指していたのかもしれない。

倒木のゲート

 雪の重みで大きく曲がった木が、ゲートを作っていた。


ブナの廊下

ブナの廊下

 九十九折りを上りきるとブナ林が待っている。ここからは緩やかな道でブナ林の中を往く。

緩やかな下り坂 小さな沢を渡る

 道は基本的に平坦だが、たまに上り下りや小さな沢筋横断があったりする。


最後の九十九折り

急ごしらえの階段

 ブナ街道の終わりには、路面を掘っただけの急ごしらえの真新しい階段があった。ここから道は再び急な九十九折りに変わる。

残雪を越える

 深山だからか、残雪がまだ厚く積もっていた。足を取られつつひたすら登る。

最後の九十九折り地帯

 灌木の茂みを脇目にカーブを曲がる。新緑前の時期なのでまだ葉も出ていない。

最後の難関残雪の壁

 最後の最後に残雪の壁が立ちはだかる。ここを越えれば鞍部はすぐそこ。


鞍部再び

鞍部の様子2010

西側の境塚

 そうこうして再び鞍部に到着。山形側の整備にともない、鞍部もだいぶ苅り払いが進み、盛大な笹藪は姿を消し、隠れていた西側の境塚がすっかり姿を現していた。東の塚の大ブナも健在だ。

東境塚の大ブナ

 街道が甦るきっかけとなったのは他でもない、平成21年(2009年)のNHK大河ドラマ「天地人」である。「天地人」は米沢藩の基礎を作った執政直江兼続の生涯を描いた物語で、平成19年(2007年)に制作が決まると、地元米沢はにわかに盛りあがりを見せはじめた。それにともない上杉家が米沢入りを果たした道、米沢藩ゆかりの歴史の道として評価と再発見が進み、地元有志らが整備を進めた結果、檜原峠は120年ぶりに復活を遂げたのだ。地元ではドラマ放送に合わせ、「天地人ウォーク」と称して、檜原峠を歩く企画が組まれたこともある。

 一度は薮に埋もれたが、峠は歴史を感じながら山歩きを楽しめる道として甦った。檜原峠は米沢・裏磐梯の古くて新しい名所として、再び歴史を刻んでいくことだろう。

(2008年6月/09年5月/10年5月取材・2010年11月記)


案内

場所:
 米沢市綱木と福島県耶麻郡北塩原村桧原の間。百子沢・鷹ノ巣林道の西。県境。標高1094m。

地理:

檜原峠概略図 1・迷沢橋
2・福島側峠口・旧米沢街道檜原峠別看板
3・中腹広場
4・八段九十九折り地帯
5・林野庁境界標
6・鞍部・境塚
7・鞍部直下九十九折り地帯
8・ブナ林地帯
9・中間九十九折り地帯
10・特に荒れている区間
11・米沢側峠口・旧会津米沢街道標柱

所要時間:
 福島側「旧桧原峠」看板峠口より鞍部まで徒歩約30分。米沢側中丸沢峠口より鞍部まで徒歩約1時間。

特記事項:
 近年になって整備が進んだため歩きやすくなったが、それでも軽登山程度の装備は必要。鞍部に行くだけなら福島側から登った方が近くて楽。米沢側は荒れ気味の登山道といった趣。道が判りづらい場所もあるので中級者以降向けだろう。峠口への取り付きは林道のみとなる。林道の県境付近は幅員の狭い未舗装路なので、往来の際はご注意のこと。さらに深山なので、熊にも要注意。1/25000地形図「白布温泉」「桧原湖」。同1/50000「福島」

参考文献

「会津の峠」 会津史学会 歴史春秋社 1976年

「小国の交通」 小国町史編集委員会編 1996年

「東北の峠歩き」 藤原優太郎 無明舎出版 2004年

「山形県交通史」 長井政太郎 不二出版 1976年

「山形県歴史の道調査報告書 会津街道」 山形県教育委員会 1981年

「米沢市史 第三巻 近世編2」 1993年 米沢市編さん委員会

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