山刀伐峠

 数ある山形の峠の中でも、山刀伐峠(なたぎりとうげ)は全国区の知名度を誇っている。それは松尾芭蕉によるところが大きいが、それだけの峠ではない。


万騎ノ原古戦場址

万騎ノ原古戦場碑

 山刀伐峠は温泉で知られる最上町赤倉と、尾花沢市を結ぶ峠である。西にある背坂峠同様、向町カルデラから北村山地方に抜ける道の一つだが、こちらは現在県道28号・主要地方道尾花沢最上線に指定されており、多くの車が行き交っている。
 かつては付近の村人や杣人が細々と利用する程度で、飽くまで背坂峠の脇道だったと「最上町史」には載っているが、一方で南部地方(現在の岩手県南部)と村山地方を結ぶ道として利用されたとも南部駒の移出路になっていたとも言われているから、杣人以外の人間が通ることもあったようだ。山刀伐峠に行く前に、まずは峠と縁のある史跡を訪ねよう。

万騎ノ原地区看板

 国道47号線から峠を目指して県道に折れると、程なく「万騎ノ原」を通過する。「万騎ノ原」と書いて「まきのはら」と読む。「万騎」の文字が彷彿させるように、当地は古戦場としてその名を知られている。峠を通った有名人の一人目は、戦国武将最上義光の軍勢だ。
 天正8年(1580年)、武将蔵増日向守光忠(くらぞうひゅうがのかみみつただ)に率いられた最上義光の軍勢3500人が山刀伐峠を越え、当地を治める細川直元のもとに攻め込んだ。その名目は最上家に恭順しなかった細川家に対する報復だったが、義光が虎視眈々と小国郷を狙っていたことは間違いない。進軍路に山刀伐峠を選んだのは、敵の意表を突くため、主要道背坂峠を避けたものと思われる。
 迎え撃つ直元の兵力は350人。両者は峠下で激突したが、10倍もの兵力差は埋めがたく細川軍は瞬く間に壊滅。細川一族滅亡後、かわりに光忠の息子光基(みつもと)が入部し、小国郷は義光のもとに下った。
 両者が激突した土地は、戦があったことにちなんで「万騎ノ原」と呼ばれるようになった。万騎ノ原にはそれを記念した記念碑が建てられてあり、地名とともに騎馬武者が駆けめぐった合戦場であることを今に伝えている。

馬騎野原開墾之碑

 一方、当地は馬の放牧場や牧草地としても利用され、それで「牧ノ原」と呼ばれるようになったとも言われている。古戦場碑の脇にある万騎ノ原開墾記念碑の冒頭には「馬騎野原ハ古来新田明神赤倉三部落ノ採草地兼放牧場ニ慣用シタル土地ニシテ国有林野タリ」の一節がある。撰文は大正から昭和初期にかけての開墾事業を記念したものだ。
 ちなみに開墾記念碑では「馬騎野原」と綴られている。「万騎」であれ「牧」であれ「馬騎」であれ、馬にちなんだ名前がいかにも馬産地小国らしい。


山刀伐トンネル峠口

山刀伐トンネル

 赤倉温泉を経由して、一刎(ひとばね)から県道を少し南に走れば、間もなく山刀伐トンネルが見えてくる。昭和51年(1976年)竣工、翌52年(1977年)の開通で全長は538m。現在峠はこのトンネルで簡単に越せるようになっている。

最上町側旧道入り口通行止め中

 それと並行して、峠にはトンネル開通以前の旧道と古道が残っている。今回は旧道を中心に紹介しよう。
 旧道峠口は山刀伐トンネル入り口脇の広場にあるのだが、取材時は路肩崩壊のため自動車通行禁止になっており、車止めが置かれてあった。


旧道の様子

入り口付近の旧道の様子

 取材時は通行止めになっていたが、旧道は全線舗装で、自動車でも通行できる程である。ただし最上町側は見通しのきかない狭隘路が続くせいか、開通時でも車の往来はあまりない。

林の中を行く 行く手にカーブを見やる 夜行くがごとし

 最上町側は大半が林の中を通っているため、木陰の中を行くような印象を受ける。芭蕉はこれを「夜行くがごとし」と評しているが、ブナや楢といった広葉樹が多いので、割にさわやかな印象を受ける。

ヘアピンカーブを登る

 ヘアピンカーブにさしかかった。最上町側は急な斜面に道が折りたたまれているせいか、きついカーブが何度か現れる。


路肩崩落箇所

路肩崩落箇所

 進むうち、路肩にひびが入り崩れかけた箇所に遭遇。どうやらこのおかげで車が通れなくなっていたらしい。


峠中腹

中腹の様子

 中腹にさしかかった。峠道はいくつか緩やかな弧を描きながら、東へと続く。

林の切れ間から赤倉方面を望む

 林の切れたところからふと北を見ると、眼下に赤倉方面が見えた。

緑のトンネルを往く

 緑のトンネルの出口が見えてきた。ここを抜ければ登りは終盤にさしかかる。


五連カーブ

五連カーブその1

 緑のトンネルを抜けると、いきなりヘアピンカーブが待っていた。

五連カーブその2 五連カーブその3

 カーブを抜けるとまたカーブ。ここを抜けてもまたカーブ。

五連カーブその4

 最上町側は終盤に五つの九十九折りカーブが控えている。特に見通しがきかないので注意しながら登る。

五連カーブこれでおしまい

 も一つおまけにまたカーブ。折りたたまれたカーブの連続で一気に登っていく。


鞍部への道

鞍部間近

 五連カーブを征すると、道は平らな直線になった。あとはここをまっすぐ進むだけ。


鞍部

鞍部駐車場

 30分ほどの車道歩きで鞍部到着。さすが有名峠だけあって、鞍部は車が十数台停められる駐車場になっているほか、厠も設けてある。

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