蟹沢交差点を望む。旅は国道とともに始まる。
2002年5月20日。午前9時。駅に着く。電車はすでに入線していた。出発は20分後。乗客はまばら。切符を買い、余裕をもって乗り込む。発車すれば、1時間後にはスタート地点だろう。会社を辞めて3ヶ月。自分の旅もようやく始まりを迎えようとしていた。
「日本一周するから会社辞めます!」
自分こと荒井はこの年の2月いっぱいで4年勤めた食品スーパーマーケットを辞め、以来、バイク日本一周のための準備を進めていた。雪解けを待ち、旅道具の調達、バイクの購入、保険手続き、運転の練習、一人旅。着々と進めていたが、日本一周をするにはまだまだ不安があった。旅の「経験値」が絶対的に足りないのだ。
日本一周の前に、少しでも旅に慣れる必要がある。そこで考えたのは、少々きつい旅をすることだった。それも実戦に近い形で。試練の旅。己の力を試す旅だから、ハードルは高めに、目標ははっきりしていた方がいい。
計画を思いつくのに時間はかからなかった。「国道を一本、起点から終点まで歩き通せれば、日本一周もでぎるんでねぇが?」
国道を旅しようと思ったのにはいくつか理由がある。車の免許を取って以来、変わった道を廻るのが好きになった。そのため地元山形の国道を走ったり、調べたりするようになった。県内の国道は何度も走って慣れっこだ。全線走破もいくつか達成している。初めてではないからもしもの時でも安心感がある。そして国道には起点と終点がある。国道を一本踏破、なら目標が明快だ。
手段は徒歩だ。バイクや自動車ではない。ザックを担ぎ、歩いて目的地を目指すのである。車ならあっという間に走りきってしまう。これは試練の旅なのだ。ちょっとぐらい大変な目標を達成できないようならば、とても日本一周なぞできやしないだろう。それに車で慣れた道でも、歩いてたどればきっと得るところがあるに違いない。
それではどの国道を歩こうか? 知ってる中から候補を挙げてみる。47号線は長すぎる。112号線は車なしでは踏破できない。348号線? 車が多すぎる。458号線。非常に惹かれるが、辺鄙すぎるし第一夏でなければ通れない。
287号線はどうだろう? ここは何度も走りつぶしたことがある。距離も手頃だ。車通りも少ない。沿線にはまんべんなく集落や商店があるし、風景も悪くない。起点終点がそれぞれ鉄道の駅に近いから、行き帰りのアクセスも良好ときている。よかろう、歩く道は決まった。
そして今。起点に立つため鈍行列車に揺られている。
さくらんぼ東根駅に降り立ち、県道を西に向かう。いつもは車で渡っている跨線橋を歩いて登ると、見慣れた蟹沢交差点が見えてきた。
そこが旅のスタート地点、国道287号線のはじまる場所である。