ゲーム以外の二次創作

 伝説を元にした二次創作ではゲーム「イース」以外にも、ロマン派の作曲家ラロ(Victor Antoine Edouard Lalo・1823-1892)の「イスの王様」(Le Roi d'Ys)、印象派の作曲家ドビュッシー(Claude Achille Debussy・1862-1918)の「沈める寺」(La cathedrale engloutie)などが知られています。

 ラロの「イスの王様」はオペラです。1888年にパリで初演されました。序曲に全3幕5場という構成で、全曲約150分ほどの作品です。物語は沈める都の伝説に着想を得ていますが、その大筋はだいぶん違っていまして、伝説にはない複雑な恋模様が軸になっています。
 グラドロン王の二人の娘が、一人の将軍に恋をします。紆余曲折あって、イスは隣の国と戦争になってしまうのですが、姉は自分から将軍を奪った妹に嫉妬して、水門の鍵を敵の将軍に渡します。かくてイスは水没の危機に瀕しますが、己の罪を悔いた姉が人柱となることで、イスが救われるというのが、はなはだ大ざっぱなあらすじです。二人の姫君の存在、その恋模様が物語の要点を占めていること、最後は自らを犠牲に国を救う下りなどは、なんとなくゲームの「イース」に通じるようにも思われます。
 全曲通じて演奏されることは現在あまりないようで、そのすべてに触れるのは難しいですが、「序曲」や一部の歌はCD化されているので、一部に触れることは十分可能です。

 ラロはスペイン系のフランス人です。他の代表作には「スペイン交響曲」などがありますが、異国的な色彩が現れた作品は、若手作曲家の間で好評を博しました。その若手作曲家の代表がドビュッシーで、パリのオペラ座を批判した評論「オペラ座」では、「おろかしいバレエ曲が氾濫しているなかに、傑作らしきものもあった。エドゥアール・ラロの『ナムウナ』。いったいどんな桁外れのつんぼが、誰ひとりもうなにも語らぬまでにこの作品を葬り去ったのか……音楽のために悲しいことである。」と、ラロを賞賛しています(注14)。

 そのドビュッシーの書いた「沈める寺」は1910年出版の「前奏曲第一巻」(Preludes premier livre)全12曲中の一曲で、ドビュッシー代表作の一つに数えられる有名曲です。前奏曲集は長さ3分前後のピアノ独奏曲の詰め合わせですが、6分ほどの「沈める寺」は、その中でも長い方に入ります。
 作品は水没したイスの寺院で開かれるミサを題材にしています。ミサが終わればイスは再び地上で往時の姿を取り戻せるが、司祭の言葉に答唱する会衆がいないためミサを終えることができず、再び海の底に沈んでいくという伝説を元に、静かに浮上する寺院の姿、厳かに響き渡る鐘の音、聞こえてくる合唱の声、再び海の静けさに沈んでいく寺院の姿が表現されています。
 こちらは数多くの演奏家により、数多くCD化されているので、聴くことは非常に容易です。楽譜も容易に手に入りますので、楽譜を見ながら様々な演奏家の演奏を聞き比べてみるのも面白いかもしれません。

 「バルザス・ブレイズ」以降、ヨーロッパの芸術界ではケルト文化の再評価が進んでいたのですが、作者がブルターニュのケルト伝説に注目した理由はよくわかりません。青年期にフランスの思想家エルネスト・ルナンの「幼年時代青年時代の思い出」に触れ、同書に現れるイス伝説にイメージを喚起されたという説もあります。
 辛口で毒舌の効いた音楽評論家でもあったドビュッシーは、権威的な音楽に対して非常に否定的で、痛烈な批判を惜しみませんでした。飽くまで荒井の憶測に過ぎませんが、そうしたドビュッシーにとって、中央の権威に蹂躙されたブルターニュ地方の、どこか権威的なものへの怨恨を宿すイスの伝説には、共感できる何かがあったのかもしれません。
 異国的な色彩を特徴とするスペイン系のラロ。権威に挑戦して新しい音楽を作ったドビュッシー。二人の個性的な作曲家が、同じケルトの伝説を題材に曲を書いたというのは、どこか通じるものがあるような気がします。


沈める都、失われし古代王国

 基本的にゲームと伝説は別物です。当時の社員の証言によれば、当時日本ファルコム社内に「世界文学にみる架空地名大辞典」なる文献があり、「ザナドゥ」「ロマンシア」「イース」等の名前はそこから拾ってきたものだとされています。「イース」は「謎の消失を遂げた都の物語」ということで、その名を拝借したものと思われますが、「イス」と「イース」の間にはそれ以外にも共通点が多いような気がします。
 ケルト的視点で「イース」を解釈してみますと、豊かな島国を女神が治めていたとか、そこに海を越えて選ばれし冒険者がやってきたとか、異界にとばされて美少女のお出迎えを受けたというのは、ケルト的にきわめて理にかなった設定ということになります。女神を「他界」を司る存在とすれば、神官はさしづめ女神に仕えるドルイド僧、リリアは英雄を待つ「他界」の乙女ということにでもなるのでしょうか。
 その他にも、赤ずくめの男が重要人物として登場したり(注15)、かりそめの繁栄を経て滅亡の危機に瀕するなどなど、末節を見てみると様々な共通点を見いだすことができそうですが、二つの物語の共通点は、より本質的な部分にあるように思われます。

 「イス」は水没し、それと運命を同じくしたダユーは人魚となりました。サン島の巫女は孤島で暮らし、そしてドルイド僧は森の奥へと静かに消えていったのです。それはケルト人の、かつての文化との別れを表していました。
 「イース」は伝説とは違い、赤毛の冒険家によって見事復活を遂げましたが、そのかわり、最後で待っていたのは古代王国を担った女神との永遠の別れでした。女神たちはかつて自分たちが治めた国が今や人間の国になったこと、つまり自らが過去の存在になったことを悟り、未来を人間の手に委ねることを決意します。人々は女神が司る魔法という一つの文化を捨て、新しい秩序を築いていくことになりました。

 「旧秩序との訣別」。両者の本質にあるのはまさにこれです。伝説はケルト的秩序の象徴である「イス」が、キリスト教という新しい秩序に取って代わられる話でした。一方ゲームは、人間が「過去の国イース」から独り立ちする話です。一抹の寂しさを感じながら、過去のものと別れる物語という点で、その根底には同じ主題が横たわっているのです。
 当時「イース」を作った制作者が、どこまで「イス」の伝説を理解していたかはわかりませんし、荒井には確かめる手だてもありません。しかし結果論であったとしても、二つの物語が題名のみならず、その根底にあるものを同じくしているというのは、ただの偶然ではないように思われます。

 そういえば奇しくも、女神の片割れフィーナ(Feena)の名前は、ケルト語(注16)に由来するものでした。


脚註

注14・ドビュッシーが音楽学校の学生だった頃、演奏会場でドビュッシーが「ナムーナ」を絶賛し、あまりに激しい喝采を送ったおかげで、音楽学校の学生がしばらく出入り禁止を喰らったとか。ついでにラロの息子、ピエール・ラロはドビュッシーと同時代に音楽評論家として活躍しており、しばしばドビュッシーに厳しい批評をしていたそうな。

注15・アドルのトレードマークとも言える赤毛だが、「イース」開発中の画面を見る限り、当初アドルは赤毛でなかった。この設定は変更されたドット絵のアドルの髪がたまたま赤色だったのにともない、既成事実的にできあがったものらしい。

プロト版「イース」のアドル
プロト版「イース」のアドル。赤毛でなく見事な黒髪。

注16・Feenaの由来は諸説あって、「葡萄」を意味する古ケルト語Fionaから来たとか、以前指摘したとおり「白い・美しい」という意味のFinから派生したとか言われている。Fiannaも同類の名前。ついでにReahの名前は、古くからある各種大地母神の名前の変形と考えられる。


主要参考文献・参考サイト

「イースグローバルガイドブック」 ヘッドルーム出版編著 1989年 冬樹社

「騎士と妖精 ブルターニュにケルト文明を訪ねて」 中木康夫著 1984年 音楽之友社

「ケルト神話と中世騎士物語」 田中仁彦著 1995年 中央公論社

「『沈める寺』への誘い ドビュッシーとケルト伝説」 島松和正 1998年 東京経済

「沈める都 イスの町伝説」 シャルル・ギョ著 有田忠郎訳 1990年 鉱脈社

「新約聖書」 日本国際ギデオン協会

「図説ケルト神話物語」 イアン・ツァイセック著 山本史郎・山本泰子訳 1998年 原書房

「世界史」  中村英勝 他6名共著 1992年 東京書籍

「ドビュッシー音楽論集 反好事家八分音符氏」 C.ドビュッシー著 平島正郎訳 1996年 岩波書店

「ドビュッシーピアノ作品集1」 G.ムニエ監修 山崎孝校訂 2002年 音楽之友社

「トリスタン・イズー物語」 J.ベディエ編 佐藤輝夫訳 2003年 岩波書店

「フランス『ケルト』紀行 ブルターニュを歩く」 武部好伸著 2003年 彩流社

「岩野忠昭のお部屋」 管理人・岩野忠昭氏 URL:http://www.rockfield.net/index.htm

「EternalWorld」 管理人・Mocchi氏 URL:http://esterior.cool.ne.jp/

「沈める都」 管理人・高桑直美氏 URL:http://www.geocities.com/kuwasan/

「Map24.com」 URL:http://www.fr.map24.com/

「Max Carterの音楽情報館」 管理人・Max Carter氏 URL:http://www2.justnet.ne.jp/~carter/MUSIC.HTM(閉鎖)

「MultiMap.com」 URL:http://uk8.multimap.com/

「横須賀市ホームページ」 管理者・横須賀市 URL:http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/

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