鮭川側の探索が済んだところで、今度は平田側から峠道を追ってみよう。
佐芸の次の宿駅、飽海は旧平田町にあったと考えられている。平田町はちょうど最上川の北岸すぐのところにあり、真木同様、舟の発着点としても陸路への乗り換え地点としても都合がよい。
飛鳥神社は峠のだいぶ手前、その平田町の中心部砂越(さごし)入り口にある神社で、宝亀5年(774年)に大和国より飛鳥坐神社を勧請して創建された。ちょうど出羽柵が城輪柵に移転する時期と前後している他、当時は朝廷による蝦夷の懐柔なども進められていたので、そのあたりの関連で建てられたのだろう。神社は朝廷がこの近辺に確固たる拠点を築いていた証拠のひとつとも言える。それゆえ与蔵峠は連絡道として重視されたのだ。
ちなみに飽海の名は現在でも庄内の地域名として使われている。最上川を境に南を田川、北を飽海と称している。
平田側の峠口にあたる坂本地区には、元禄9年(1690年)に建てられたという古民家・旧阿部家住宅がある。近世中期の民家の特徴を残す貴重なもので、昭和59年(1984年)に平田町文化財の指定を受けている(現在は酒田市文化財)。昭和50年代までは実際に人が住んでいたのだが、現在は資料館として開放されており、一般人でも気軽に見学できるようになった。
阿部家は坂本村の肝煎(村長に匹敵)を務めた家系で、住宅はちょうど峠筋にある。坂本地区は名前のとおり峠の出入り口にあるので、この村が要地であったことは容易に想像できる。肝煎住宅は口留番所のような役割も担っていたのだろう。
ちなみに阿部家のすぐ脇を通る道は県道315号・平田鮭川線で、羽根沢を通る県道と同じである。この県道が与蔵峠に匹敵するのだが、林道こそ通っているものの、峠区間は未成扱いとなっている。
坂本から峠に向かって県道を上っていくと、右手に程なく田沢川ダムが見えてくる。ダムは昭和46年(1971年)と翌47年(1972年)の水害をきっかけに建造が決まり、平成13年(2001年)に完成している。周囲には展望台や遊歩道なども設けられてあって、平田の観光名所として売り出し中である。
ダム湖はひらた赤滝湖と呼ばれており、その水は飽海地域の上水・農業用水として使われている。赤滝は田沢川上流の山中にある滝で、地元の聖地のような存在となっている。
地形図によれば、ダムのすぐ近くに古道が通じている。その入り口らしき場所を改めてみたが、すっかり薮に埋もれて通れそうになかった。
平田側の古道はこんな具合に通行困難となっているが。これに代わる別の道ができているので、平田側からも峠に行くことは可能である。詳しくは後ほどご紹介。
ダムから県道に従って2キロ強ほど山に分け入ると、山元林道の入り口に着く。平田側から与蔵峠に登る場合、登山口まではこの林道を走っていく。
入り口には数々の禁止看板が立っているが、湯の里林道開通にともない無実化している。
山元林道は全長9キロほどあるのだが、前半部分は舗装されている。幅は狭いが自動車で走る分に大きな問題はない。
でもやっぱりところどころにはこんな落石や倒木も。山元林道は右手に田沢川上流を見下ろす山肌に作られており、険しい山峡地帯を通っている。林道だけに通行には気をつけよう。
林道入り口から1.5キロほど、送電線をくぐったあたりで小平滝林道との分岐が見えてくる。与蔵峠に行くのなら、ここで右の道を選ぼう。
分岐を過ぎると、白滝橋・淀沢橋二本の橋で立て続けに沢を横断する。このあたりは特に険しいようで、倒木が半分ほど道をふさいでいるところに二度遭遇した。
林道入り口から4キロ弱進むと、右手に人為的に切り崩したらしい山肌が見えてくる。それと一緒に小さな分岐が現れるが、こちらは左を選ぼう。
分岐するとすぐに舗装が切れ、砂利道が現れる。道は次第に険しくなり、山中へと入っていく。
羽根沢林道同様、山元林道側の未舗装区間も車で十分通れる程度に整備されている。
先述したとおり、地形図に記載されている平田側の古道は現在通行困難だが、代わりとなる道が新しくできている。新しい峠道は鉄塔の管理道を流用したもので、地形図には載っていない(年代によっては取り付きだけ載っている)。
林道入り口から5キロ強、沼尻沢を過ぎて程なくのところに、68号鉄塔への管理道入り口がある。気をつけていないとわかりづらいが、ここがその平田側登山道入り口だ。この道で峠に行く場合、やはり車を下りて足で向かうことになる。
緩やかな鮭川側とは打ってかわって、平田側はのっけから急な登りである。
5分ほどの登りで鉄塔に到着。急だが管理道なので、道自体はよく苅り払いされていた。
鉄塔下の一角からさらに道が延びている。この入り口が薮に隠れているので、少し気をつけないとわかりづらい。
平田側の道は峠最寄りの鋭い尾根をたどり、ほぼ最短距離で与蔵沼に至るもので、鉄塔を過ぎてもしばらくは急な登りが続く。しかしブナの森の美しさはあいかわらずだ。
鉄塔から10分ほどの登りで急登は終わる。ここからは踏み跡を追いながら森の中を進む。
薮に埋もれた標識発見。目印の少ない道中だけに、峠に至る道を示す貴重な存在だ。
鉄塔から先の道は、少々荒れ気味だ。平田側はふもとから少々行きづらい場所にあるからか、あまり手が入っていないらしい。
峠口から30分ほどの歩きで、平田側から与蔵沼に到着。沼の南西岸に出られる。地形図にこそ載っていないが、登山道には踏み跡が付いているので、これを頼りにしながら歩くことになる。与蔵沼に行くだけなら平田側から登る方が近いが、どっちから登るかはお好み次第。