ここは、ねずみの国。ここに何百年か前、おそろしい化け物が現れ、この国を乗っ取ってしまった。時の勇者「ねずみっくん」は、この化け物たちを、「ねずみっくんの石」という不思議な石の力で封じこめてしまっていた。しかし、それから数百年がたったいま、その封印が解かれてしまい、再びこの国は化け物の巣窟と化してしまった。そのとき、その国にたまたま現れた2人の人間に、ねずみたちは化け物退治を頼みこんだのであった。勇敢な2人の人間は、快く頼みを聞き入れ、化け物退治の旅に出かけたのであった。
(ポプコム'88/7月号より)
1987年を過ぎたあたりから、投稿ゲームプログラムは大きな変化を迎えていた感があります。87年には「ログイン」が、88年には「ポプコム」がリスト掲載を取りやめ、プログラムデータの有償配布のみに切り替えています。それはゲームを自作するというホビーパソコン文化の衰退であったとともに、大作プログラムがより大規模な作品を志向していたという、二つの側面があったようにおもわれます。
「勇者ねずみっくん伝説」は、「ポプコム」がリスト掲載を取りやめる直前、88年7月号に掲載された作品です。
まず目を惹くのは描き込まれたグラフィックです。キャラクターからマップに至るまで、カラフルに描き込まれた美麗な画面に、作者の確かな腕前がうかがえます。
ゲームシステムはいわゆる「ドラクエ式」のオーソドックスなもの。「ガリウスの迷宮」ばりの、主役キャラの男女切り替えというアイディアが変化を付けています。ストーリーは化け物に脅かされているねずみの国を救うというもの。作者の個性か、終始コメディのような雰囲気が漂います。
後述する問題点こそあるものの、ゲーム自体の出来は至って良好です。適度なボリューム、変化に富んだフィールド、適正な難易度等。グラフィックだけではない、作者のゲームづくりの巧みさが見て取れます。その証拠に、作品はポプコム掲載号にて優秀賞を獲得しています。
プログラムはオールBASICです。リストは15ページに亘る長大なもの。リストを分割することにより、相応のボリュームを実現しています。中でもマップデータを随時参照するため、フロッピーディスクドライブ専用となっているのが、それまでのMSX用投稿プログラムではあまり見られないものでした。
88年ともなると、ディスクドライブは相当にユーザーに広まっていました。フロッピーディスクはカセットテープ以上に、大規模なプログラムを扱うのに向いています。自作プログラムが大規模化した背景には、ディスクドライブの普及があるでしょう。
当時のMSX環境の主流は、FDD付きのMSX2でした。無印のMSXはフェードアウトしつつあり、熱心なユーザーだけが残っていった感があります。
また、当時らしさを感じさせる部分として、作中のメッセージデータが暗号化されていないことが挙げられます。
印刷物として配布されることがほとんどだった打ち込みプログラムのAVGやRPGにおいて、メッセージの暗号化は必須の処理でした。
自分で入力しなければ遊べないということは、遊ぶ前にソースコードにすっかり目を通すということでもあります。メッセージが暗号化されていなければ、ストーリーや重要なヒント、謎の解き方等々、ゲームの核心に関わる重大なテキストが入力する段階で丸わかりになって、遊ぶ楽しみがなくなってしまいます。つまりプログラムを入力することとは、究極のネタバレでもありました。
その対策が、メッセージの暗号化でした。意味が一目でわからなくなっていればよいので、そう高度な処理は必要ありません。いわば入力者=プレイヤーへの「配慮」として、メッセージの暗号化はマナーだったのです。
その暗号化処理がないということは、入力して遊ぶ、ということを考慮していなかったということでもあります。後年作者さんに話を伺ったら「採用されるとは思っていなかったので暗号化しなかった」と、その裏側を明かしてくれました。
MSX2専用ではなくMSXでディスク環境を要すること。重要なテキストが暗号化されていないこと。「ねずみっくん」の造りは、当時の自作プログラム界の移り変わりを反映しているようにおもわれます。
ちなみに作者はかの魚人様。後に「マネシス」「ヴォルカバンバ」「おそるべし！ザクロギアン」など、MSX風Windows用ゲームを送り出し、名手としてその界隈に名を知られる人物です。
「勇者ねずみっくん伝説」 小学館「ポプコム」1988年7月号掲載
同号オリジナルプログラム優秀賞
対応機種:MSXシリーズ(RAM32KB以上・要FDD) 作:魚人様
ジャンル:RPG
プログラム構成:BASICリストx3
メディア:FD専用