三日目〜時速4キロ

長井葉山
田んぼと長井葉山。西置賜を代表する風景。

荒砥国道348号線合流地点

 今日も朝4時、日の出とともに目が覚める。これまで歩いた距離は40キロ強。全行程の半分少々を、歩ききったことになる。足の調子はあいかわらず。だがここは西置賜。米沢が近いからか、気持ちにゆとりが出てきた。
 空は晴れわたり、西に長井葉山が大きく見える。山でも眺めながら飲む茶はさぞうまかろうとストーブに火を点けたが、しくじって火だるまにしてしまった。あわてて火を止め、事なきを得たが、バーナーは煤だらけだ。茶はあきらめ、苦笑しながら煤を拭く。
 荒砥は栄えた町なのでコンビニがある。茶は飲めなかったが、難なくツナサンドとオレンジジュースの朝食にありつけた。食べられるってすばらしい。

 荒砥から長井までは、素敵に整った区間が続いた。広くてまっすぐで、街路樹まである。昨日歩いた五百川峡谷が嘘のようだ。さらに知らないうちに、白鷹町の出口にバイパスができている。真新しい標柱を見れば、先月4月に開通したばかり。車道はすっかり舗装されているが、歩道は土を盛ったまま。敷き詰められた砂利はむき出しだった。
 車で通るなら至極快速快適なバイパスでも、歩くとなれば話は別である。バイパスはたいがい殺風景だ。変化が少ない。淡々と移動するだけになりがちで、歩くおもしろみには乏しい。歩道がまだ未舗装なので、そこだけ歩きやすかった。
 アスファルトの路面は想像以上に足を痛めつける。舗装路は固い。その固さを受け止める膝や足の裏には、かなりの負担がかかる。国道とは車のための道であって、人が歩くことはあまり考えられていない。
 歩いてみると痛感する。整備された道ほど、実は歩くのには向いていない。距離は短くなったはずなのに、長井がえらく遠く感じられた。

広野バイパス
開通直後のバイパス。バイパスはそもそも急ぐための道。

長井大橋

 長井大橋で最上川を渡れば、長井市の中心部である。長井は川が集まる扇状地に開けた街で、西置賜の中心地である。特に元禄期以降、最上川の河岸町として発展したものらしい。
 国道沿いの松ヶ池公園では、真っ白なつつじが満開で、白つつじまつりが開かれていた。出店で買った玉こんをかじりながら、見物する。今年は例年より開花が十日ほど早く、これでも盛りは過ぎてしまったとか。伊佐領の久保桜は何度も見に来ていたが、公園がつつじの名所だったなんてこと、ここに来て初めて知った。

 国道は川西町に向かう。街を出てから、またひと歩きすることになった。日はもう高い。米沢はもう目の前で、朝からずいぶん歩いているはずなのに、その米沢がなかなか見えてこなかった。今朝がた仕入れたハイチュウは、もう残り少ない。
 なんだって昔の人はすごいのか。伊能忠敬、吉田松陰、松尾芭蕉。名も無きあまたの旅人たち。足に任せて、全国津々浦々を旅して廻っていたのだから。しかもコンビニなんてものはない。
 空き事務所らしき建物の軒先を借り、休憩する。蛇口があったので水を失敬し、足も洗っておく。やっと着いた食堂で、ラーメンの昼食。すっかり暑くなって、しばらく涼む。その後コンビニ裏の日陰で昼寝。国道113号線の今泉丁字路に着いたときには、午後2時を大きく回っていた。

白つつじまつり
松ヶ池公園。思えば長井は「水と緑と花のまち」を謳っていた。

午後の日差と廃業したスーパー

 113号線との重複区間300メートルほどを経て、川西町の中心部小松を目指す。狭い道が続き、ぼちぼちと民家や集落が現れる。途中見かけた小さなスーパーはすでに廃業して、軒先の自販機だけが動いていた。
 それにしても日差しが強い。傾いた午後の太陽は、容赦なく照りつけた。日向にいるだけで、じりじりと身を灼かれる。西側の路肩に身を寄せ、わずかな木陰を拾うようにして歩く。足は痛い。水の残りも心細い。休める場所があれば、即休んだ。小松まであと6キロ。その6キロが、長い。

 車で来たときの感覚で、荒砥から小松まではわりと近いと思っていた。ところが、実際は思う以上に遠かった。
 山形で暮らすには、自動車が必要である。山形県民の距離や時間の感覚は、自動車のものである。否、どこへ行くにも車や電車を使うのがあたりまえなら、それは山形に限らないのだろう。数え切れない数の車に、数え切れないほど追い抜かれれば、やがて気づく。世界は車の速さで回っていると。
 だから車を降りて本気で歩きだすと、その差に戸惑うことになる。こんなに遅いのか。こんなに遠かったのか。こんなに時間がかかるのかと。時間がかかるから、その分、いろいろなことが見えてきて、いろいろなことを考える。

 旅とは全力で移動する行為だ。車の速さで回る世界から、その引力を振り切って、全力で。移動速度は時速4キロメートル。それはあまりに遅く、十分すぎるほど速い。

JR米坂線羽前小松駅
羽前小松駅。川西町は思った以上に遠かった。

 夕方、やっと小松に着く。小松は旧い宿場町だ。鉄道の駅もある。今日はここまで。夕食を食べに、駅前の「あっさり」という食堂に寄る。「今日のおすすめ」など目移りしつつ、この店定番の肉ご飯を頼む。豆腐といっしょに甘辛く煮込んだ、牛すじ肉のぶっかけ飯だ。あっさりなのにこってり肉飯というギャップがアオリとなっている。
 寝るにはまだ早い。時間つぶしにあたりをうろつく。羽前小松の駅で、観光パンフレットを眺める。構内には、帰りらしい女子高生がまだ大勢。近くにある地場のスーパーうめやは営業中だ。以前、目の前に大手スーパーヤマザワができて困窮しているみたいな話を耳にしたが、なんとかまだ残っているらしい。そのヤマザワからは、水曜均一祭の店内放送が聞こえる。今日が何曜日だったかなんて、すっかり忘れていた。

 運動公園には照明が明々と灯され、高校生がサッカーの練習中だった。その近くに、農協の資材屋みたいな施設を見つけた。様子をうかがうと人気もないし、身を隠すのにちょうどよい物陰や蛇口もある。ここで寝ることに決め、月明かりを頼りにテントを張った。人里で野宿をする場合、人目に付くことは危険を伴う。見つからないよう気を遣い、ヘッドライトは使わなかった。

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