最終日〜起点

草木塔
草木塔。確かに置賜まで来たことを感じさせる碑。

中郡駅付近

 またもや朝4時に目が覚める。こうした旅をしていると、どんなに疲れていても、朝日とともに目が覚めて、夕日とともに眠くなる。手持ちのラジオで、ニュースを聞きながら撤収する。そういやしばらく、ニュースなんて聞いていなかった。
 場所が場所だけに、出発はいつもより早かった。天気はまずまず。駅前の標識を見れば、上杉神社まで14キロとなっていた。
 遠くで鐘の音がする。時計を見れば、だいたい6時。どこかの寺が、夜明けの鐘を撞いているのだろう。

 夕餉にこってり肉飯をおごっても、朝になったら腹は減る。今日の朝食も、昨日の残りのハイチュウだけだ。道端で桑の木をいくつか見つけたが、実はどれも青くて、食べられそうにない。昨日うめやかヤマザワで、なにか買っとけばよかった。それより桑の実が食べられるなんてこと、久しく忘れていた。
 今日の難所が早めに来ることはわかっていた。小松から米沢市街地に至るまでの約10キロだ。この間店らしい店はなく、ひなびた住宅地が、だらだらと続く。
 足の痛みは変わりない。草木塔、通学時間を過ぎた駅、空き物件の自動車屋。少し歩いては休み、休んでは少し歩く。10時を過ぎる頃、ようやく街の入り口に着く。コンビニも見つけ、サンドイッチで朝食をやりなおした。

成島五叉路標識
成島の五叉路標識。米沢市街地の入り口にあたる。

大町交差点

 五叉路で国道121号線を渡れば、あとは米沢の街である。道は街中で複雑に折れ曲がる。背の高い建物が並びだし、沿線は猥雑さを増す。案内標識の行き先に「猪苗代」や「福島」の字が目立ってきた。東根から本当に、歩いて県境の街まで来てしまった。
 街角で「吉田松陰旅宿の地」の石碑を見つけた。先達と同じ道を、同じように歩いているんだと感慨にふける。立ち寄った山道具屋「オン・ザ・ウェイ」さんでは、店主さんから言葉をいただいた。「歩く旅は面白いでしょう。いい旅してますね。」 よかった。この旅は、間違ってはいなかった。

 12時。大町交差点に着く。国道287号線は、ここで地図上から姿を消す。ここで終わりにしてもよいのだが、念のため、121号線起点・国道13号線万世町交差点まで、歩くことにした。この先が121号線との重複区間となっているかもしれない。万世町まで2キロほど。せっかくここまで来たのなら、万全を期したい。
 まちがって県道に迷いこんだりしながらも、国道をたどる。駅前の相生橋で、最上川を渡った。道中何度も目にした県下随一の大河も、ここでは小川と変わりない。昼食はコンビニで買った海鮮スパゲティとりんごジュース。この4日間、さんざん歩いているにもかかわらず、不思議と、腹に溜まるものをいっぱい食べたいとは思わなくなっていた。こういう旅をしていると、体が軽い食べ物を求めてしまうらしい。

相生橋を渡る
相生橋を渡る。この小さな流れも最上川。

 5月23日、午後1時25分。ついにゴール、万世町交差点に着いた。
 はっきりいって、何もない。田舎の幹線道路の、ただの交差点である。華やかさなど、かけらもない。
 だが、そこには意味があった。こここそ、この4日間、目指し、あこがれ続けたゴールなのだ。ここに立つことを目指し、83キロ、ひたすらひたすら歩いてきた。脚は棒になった。くじけそうにもなった。足の裏はマメだらけ。それでも投げださず、一歩一歩を積み上げて。そして、着いた。そう、ついに成し遂げた。自分は試練に克ったのだ。

 今ならどこにだって行ける。4日かけてたどり着いた国道の起点は、新しい原点となった。

 あとは家に帰るだけ。帰りは米沢駅から、電車に乗ることにしていた。駅に着くと、発車寸前の電車が停まっている。あとはこれに乗って帰るだけ。あわてて切符を買い、そそくさと飛び乗った。

起点万世町交差点
国道13号線万世町交差点。なんでもない、特別な場所。

 電車は速かった。荒井が4日かけて移動した以上の距離を、2時間そこらで走り抜ける。いつもは長く感じるこの道のりが、やたら短い。来るときと同じような、鈍行列車にもかかわらず。時速4キロの感覚が、すっかり染みついていたらしい。

 普通に考えれば、こんな便利なものがあるにもかかわらず、わざわざ歩いて行くのはばかばかしい以外の何ものでもない。
 しかしそれが時間の無駄かといわれたら、間違いなく否だった。
 歩くことは、とてもぜいたくな時間の使い方だ。わずか2時間で済むところを、4日間かけて移動する。ゆっくりと、じっくりと、様々なものに向き合いつつ。急いでいては見落としてしまうものごと。風景、人々、自己。遅いからこそ、多くの未知が待っている。そこには発見がある。出会いがある。可能性がある。
 歩く旅とはただの貧乏旅ではない。日頃見落としてしまうものごとを、自ら拾いに行く旅なのだ。自ら進み、たどり着く旅。そういう意味のある旅だ。

 浮き世から距離を置き、自分の速さで進む。それだけで世界は違って見えてくる。これからどのような未知と出会えるだろう。
 電車はやがて駅に着く。終わりは新たな始まり。必要な「経験値」は得た。次はいよいよバイクに乗り換え、日本を巡る旅に出る。

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