その昔、聖地ガンダーラは愛と平和に満ちていました。しかし、仏陀がなくなり、各地におさめられていた仏舎利壺の力もおとろえてきたころ、最大かつ、最悪の『邪神の王』が目ざめたのです。
『邪神の王』は各地のストーパーから仏舎利壺を盗み出し、その世界にかけられていた仏陀の法力によって封じこまれていた邪悪な者たちをとき放ち、つぎつぎと自分の手下にして行ったのです。今や『邪神の王』の力は、仏様のおさめる8の世界のうちの6つの世界におよび、さらにその支配を広めようとしていたのです。
その様子をはるか仏界から見た阿弥陀如来様は深く悲しみ、不動明王と虚空蔵菩薩を人間界につかわしたのでした。『邪神の王』をたおし、聖地ガンダーラに愛と平和をとりもどす力のある、知恵と勇気をもつ者をさがし出すために……。
人間界で『邪神の王』の手によってひん死の重傷をおった虚空蔵菩薩が死のふちでかいま見た光かがやく者。それがあなたなのです。さあ、今こそ旅立ちの時です。愛と平和をかけた、聖なる戦いの旅へ……。
1987年はパソコンゲームにとって記念すべき年です。「御三家」ハードやMSXといったホビーパソコンが登場してから時が経ち、ソフトハウスもゲーム制作のノウハウを蓄え、技術的にも内容的にも充実した作品が多数登場しました。「ガンダーラ 仏陀の聖戦」(以下「ガンダーラ」と略)はそんな1987年の5月28日に、エニックスより発売されたARPGです。
「ガンダーラ」最大の特徴は、仏教的世界観をモチーフとしていることです。和風とも洋風とも異なるエキゾチックなヴィジュアル、如来や伝説の妖怪といった登場キャラクター、六道や輪廻転生を取り入れたゲーム展開等、随所に仏教をもとにした味付けがされています。制作はゲームデザイン・グラフィックが槙村ただしさん、プログラムが日高徹さん、音楽がすぎやまこういちさん。古くからエニックスに関わってきた豪華スタッフが顔をそろえます。
槙村氏はダイナミックプロ出身の漫画家です。80年代にはゲーム作家としても活動しており、エニックスから「マリちゃん危機一髪」「エルドラド伝奇」等の、ちょっとエッチで怪奇的な作品を発表しています。日高氏は文系の営業マン出身という変わった経歴のプログラマーです。「全日本プログラミング」総帥としてご存じの方も多いでしょう。マシン語プログラミングを得意とし、移植・技術協力等でいくつかのエニックス作品に携わっています。すぎやま氏は言わずと知れた日本音楽界の巨匠です。「ドラゴンクエスト」があまりに有名ですが、80年代にはそれ以外にも数々のエニックス作品で音楽を手がけています。
実力派のスタッフが参加しただけあって、作品はその持ち味が存分に発揮されたものになっています。槙村氏ならではのユーモラスでどこか奇怪さを感じさせるグラフィック、日高氏お得意のマシン語フルカラー大画面スクロール、ゲームを彩るすぎやま氏の名曲の数々。「ガンダーラ」の世界はそれらで織りなされ、どれかひとつが欠けても、味気ないものとなっていたでしょう。
描き込まれたグラフィックと大きなゲーム画面。「ガンダーラ」の大きな魅力だ。
個性的な世界観に対し、ゲームの作りは非常に素直です。ゲームは謎解きよりも戦闘が中心で、経験値を稼いでレベルを上げれば順当に先へ進めます。謎解きもわかりやすいものばかりで、悪く言えばひねりがないのですが、理不尽さや意地悪さもありません。難易度だけについて言えば、当時のゲームでは相当に解きやすい方です。当時のベーマガの「レスキュー!アドベンチャー」コーナーを見ても、「ガンダーラ」が解けなくて困っているという質問はほとんどありませんでした。
87年とは、コンピューターゲームが大きく変わった年です。人気の主流がそれまでのプレイヤーを選ぶ高難易度ゲームから、誰もが楽しめるゲームに移り、市場には新旧両タイプのゲームが現れています。中でも同じエニックスから発売されたAVG「ジーザス」(87年4月)と、「優しさ」を打ち出した日本ファルコムのARPG「イース」(87年6月)は、新しいタイプの旗手とも言える存在でした。難易度が低いことを売りにはしませんでしたが、発売時期も近い「ガンダーラ」にはこれら作品に通じる性格が見られます。
ただいまロード中。かつて、あまりのロード時間の長さにドライブが異常に熱を持ち心配になったことがある。
ライトユーザーへの志向こそ見られますが、本作は今日振り返られることも少なく、マイナーなゲームとなっています。発売日の近い「ジーザス」や「イース」の衝撃が強すぎて、その陰に隠れた部分もあったことでしょう。両作が凝った物語を売りとしていたのに対し「ガンダーラ」のそれは従来型のゲームから大きく変わるものではなく、淡泊で印象に残る展開には乏しいです。各面の展開も全編を通じてさほど変わりなく単調で、後半ダレがちになるのも気になるところです。
そして何より動作速度が遅く、爽快感に欠けることが大きかったように思われます。特にディスクアクセスが非常に遅いため、遊びやすさで他のARPGに水をあけられています。爽快感や遊びやすさは「イース」が非常に重視したところでしたので、このあたりが差となってしまったのかもしれません。しかしその独特な雰囲気に魅了されたゲームファンは確実に存在しており、「ガンダーラ」は当時のゲーマーに今でも根強く愛されています。
「イース」「ジーザス」「メタルギア」「ハイドライド3」「ゼリアード」等々、1987年とは、新しい潮流の作品と、成熟したゲームが交錯した年だったと言えましょう。「ガンダーラ」はその中でひっそりと、しかし個性的な存在感を放っています。