他のコンピューターゲーム同様、「雪の魔王編」にも様々な裏技やバグ技、お遊びが隠されている。また、設定なども用意されていたようだ。ここでは当時のパソコン雑誌や攻略本等から掘り出してきたそれらネタや、ゲームにまつわる話題を紹介しよう。
(以下の記事はゲーム内容の核心に関する情報を扱っています。自力で解きたい方はクリアするまで閲覧しないことを勧めます。)
「ガンバッテ マリサンヲ タスケテ!!」。
どことなく「ONIXヲ メザシテ ガンバリマショウ!!」感があるな(おい)
SELECTキーを押すと、直前に入力したコマンドを呼び出せる。ところがゲーム開始直後、何のコマンドも入力していない状態でSELECTキーを押すと、隠しメッセージが表示される。
ROM版をMSX turboRで遊ぶ際、SHIFTキーを押しながら本体を起動すると、高速モードで動かせる。描画が高速になって快適なので、turboR実機とROM版をお持ちの方はぜひお試しあれ。
88版では、コマンド入力時に何も文字を入力せずリターンキーだけを押し続けると、たまに冗談テキストが表示される。「ピンポーン・卓球・意味なしフレーズ」「広告。は〜りぃふぉっくすトレーナー発売中!!」「このゲームは冗談(じょうだん)かな交じり文章でお届けしています。」
残念ながら容量の問題か、この冗談テキストはMSX版にはない。
「はなす ふくなが」「はなす おにゃんこ」。YTSじゃ夕ニャン見られなくて悔しかったよ!(泣)
キッドの村の猫に「オニャンコ」でも話しかけられることは、チャレオゲで触れたとおり。それと同じく、実はシタンの町のサトミさんにも「ふくなが」で話しかけられる。元ネタは当然おニャン子クラブのメンバー・福永恵規さんだ。
おニャン子クラブは作詞家秋元康氏が仕掛け人となった女性アイドルグループである。80年代中頃、フジテレビの大人気バラエティ番組「夕焼けニャンニャン」にて誕生した。後のAKB48の走りと言える存在で、その人気は社会現象とも呼べるものだった。なのでたびたびこんな具合にシャレにされるほど、パソコンゲーム界にもファンを標榜する業界人が多かった。その筆頭がかの山下章先生だ。
ついでにマリさんの名字は「飯島」らしい。元ネタはもちろん、声優・シンガーソングライターの飯島真理さんだろう。アニメファンには「超時空要塞マクロス」のリン・ミンメイ役として知られる人物である。
キッドの村でテシさんから、シタンの町の様子を尋ねられる場面がある。ここでは特定のキーワードを入力することで先へ進めるようになっている。前作にもあった仕掛けだ。
ところが入力するワードがこれら単語を含んでいれば、実はどれでも通用してしまう。「ゆき」だけで通じるのに、「ゆきはたごのあかり」とか「ゆきみおなにー」とか、果ては「ゆきむらいずみ」とか雪とは全く関係のない「ほりごめやすゆき」等の単語でも通じてしまう。
本作の登場キャラクターには全て名前が設定されていたりする。MSX版では入力してもなんの反応もないが、他機種版では名前で話しかけることもできるらしい。おもしろいので一覧を紹介しておこう。ヤンキーザルの名前はやはり、往年の名声優・広川太一郎さんにちなんだのだろうか(おい)。
なお、これら名前は「は〜りぃふぉっくすMSXスペシャル」でも採用されており、一部は作中で確認できる。
子ギツネ | シンタ |
ハト | ポッピー |
犬 | ハウザー |
サトミ | 福永恵規(ふくながさとみ) |
キツネ | カムイ |
ヤンキーザル | タイチロウ |
ツル | トモチ |
白鳥 | コル |
嘘つきタヌキ | ポン |
ムササビ | カンポ |
熊 | タウナ |
フクロウ | オイナ |
カワウソ | トンチ |
猫 | ワダマイケル |
ウサギ | イセポ |
ライチョウ | クル |
オオカミ | ヌプリ |
ワシ | キムニク |
雌ギツネ | マイ |
黒ギツネ | サキ |
「雪の魔王編」といったらこのイラスト。しかし現実には命に関わる行為。マリさん大丈夫?(おい)
本作は北海道がモチーフの一つになっているようだ。端々にアイヌ語由来の単語が登場する。なにより北海道はキタキツネの生息地として有名だ。
広告やパッケージに使われている、マリさんが子ギツネを抱きかかえているイラストは、プレイヤーの皆さんにはおなじみだろう。ところが実際、北海道のキタキツネは、かわいいからといって同様に抱きかかえてはいけなかったりする。エキノコックス症にかかる恐れがあるからだ。
エキノコックスとは寄生虫である。その卵が人体に入ると臓器等に取り付いて成長し、人体に深刻な害を及ぼす。感染から発症まで極めて時間がかかるため発見が遅れやすいにもかかわらず、放置すれば死に至る恐ろしい感染症を引き起こす。
実はキタキツネは、そのエキノコックスを媒介する動物だったりする。不用意に触れると、感染するリスクがあるのだ。
キタキツネとの接触をはじめ、生水や洗っていない山菜の飲食等、感染源は他にもある。北海道ではエキノコックスに対する注意がたびたび喚起されている。北海道をはじめとする生息地に行く方は、くれぐれも留意しておこう。
本作には狼とカワウソが登場する。しかしどちらも、日本では絶滅してしまった動物だと見なされている。どちらも乱獲で個体数を減らし、半世紀にわたって確実な目撃例がなくなったため、絶滅したとされている。なぜそんな動物も登場しているのかについては、ゲームだからということにしておこう。
知里幸惠「アイヌ神謡集」(岩波文庫版)より「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」。
同書には知里が集めて訳したアイヌの神謡が十三編ほど収められている。青空文庫でも読めます。
登場する呪文の一つに「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ(Haikunterke Haikoshitemturi)」というものがある。これはアイヌの伝承に由来している。
大正時代に知里幸惠が編んだ「アイヌ神謡集」に、同じ題名を冠するアイヌの謡が収められている。そのあらすじは、黒狐の神が悪戯心で嵐を呼んで、英雄オキキリムイ達が漕ぐ漁り舟を翻弄するも、オキキリムイによって討たれて懲らしめられるというもの。嵐を呼ぶ黒狐というモチーフが本作のイメージに通じるため、拝借したのだろうとおもわれる。
ちなみに「ハイクンテレケ〜」という言葉自体の意味はよくわからなかった。
ホビーパソコン全盛期、メーカー各社は競う合うように様々な機種を製造していた。基本、機種間に互換性はない。そのため、ある機種のゲームを他の機種で動かすには、ターゲットとなる機種用に作り直す「移植」という作業が必要だった。
その際、ハードの機能・性能差や制作者の意向といった理由によって変更が加えられるのが当然で、機種によって(場合によっては同じ機種であっても展開するメディアによって)内容が違うことが当たり前であった。それはこの「雪の魔王編」も例外ではない。
「雪の魔王編」は、1986年1月にまずMSX版が、その翌月にP6版が発売されている。しかしその内容は相当に違っている。ストーリーの流れは概ね一緒だが、シナリオはP6版の方が詳細で、MSX版には現れない(むしろMSX版とは異なる)設定なども語られている。マップやキャラの台詞と役割、展開と謎の解き方も相当に異なり、同じゲームであるにもかかわらず、別物のようになっている。
後発のPC-88版の内容は、MSX版とほぼ同じである。ただしグラフィックは88の性能に合わせて描き直されている。メッセージは漢字仮名交じり文で表示され、言い回しが若干変わったり、テキストが補足されたところがある。冒頭にプロローグデモが追加されているのが、MSXユーザーとして悔しかったなぁ(泣)。
88版プロローグより。左側の老人がマリの祖父とおもわれる。
MSX版では、雪の魔王の正体は離魂病にかかって分裂した黒ギツネの片割れ、と語られている。もう一方の片割れがテシで、両者は互いに殺し合う形で一つの存在に戻り、死を迎えた。
これがP6版では、魔王とテシは全く別個の存在となっているようだ。魔王の正体はかつて子ギツネを助けた医者・ジークで、テシはその息子。二人の真の姿は黒ギツネの親子で、妻を失った悲しみで狂気に走った父ジークを止めるべく、息子テシが差し違えるという展開になっている。
先述のとおり、80年代のコンピューターゲームにおいて、同じタイトルのゲームであっても、機種によって内容が異なるというのはよくあることだった。
設定自体はP6版の方が詳細かつ理にかなっているようにおもわれる。対してどこか不自然さや説明不足を感じさせるにもかかわらず、その後の88版がMSX版に準拠しているのは、このあたりの設定が関係しているのかもしれない。
実はマリの祖父の名は一定しない。シタンの町で病院を営む医者であり、そこに子ギツネが入院していたことは同じだが、原案やプロローグ、本編でそれぞれ「ジーク」だったり「ヘイグ」と呼ばれていたりする。MSX版の作中においてマリの祖父は「ヘイグ」だが、プロローグでは「ジーク」になっている。
山下章先生の「チャレンジ!!パソコン・アドベンチャー・ゲーム」(以下「チャレアベ」。1985年12月発行)所載の「は〜りぃふぉっくす」原作ダイジェストには、母ギツネの姿を追って行き倒れになった子ギツネを「ヘーグじいさん」が見つけ、シタンの町の自分の病院に連れて行った、という旨の記述が見られる。これは前作「は〜りぃふぉっくす」ゲーム本編も同じで「ヘーグが子ギツネをジーク病院に連れて行った」という旨のメッセージが現れる。MSX版「雪の魔王編」作中でもテシ宛の手紙を遺したのはマリの祖父「ヘイグ」であり、同88版ではヘイグは黒ギツネを助けられなかったとサトミが語っている。
ところが取説に現れるプロローグでは、倒れた子ギツネを保護したのはマリで、祖父「ジーク」の所に連れて行ったと記されている。前作にて、子ギツネが入院しているのは「ジーク」の病院である。件の「チャレアベ」にも、プロローグと同様の「雪の魔王(予告)」が載っているが、マリの祖父は「ジーク」と記されている。また、P6版「雪の魔王編」ではマリの祖父は一貫して「ジーク」であり、「ヘイグ」の名は現れない。「ジーク」は黒ギツネであり、人間に化けて病院を営んでいた、とP6版の作中では語られる(しかし先述の裏設定での黒ギツネの名は「サキ」であり、なぜか「ジーク」や「テシ」ではなかったりする)。
なお、MSX版や88版において、「ヘイグ」が黒ギツネであるというメッセージはない。展開を考慮しても、少なくとも両機種の「ヘイグ」は黒ギツネではないとするのが妥当だろう。
「チャレアベ」収録の設定原画集より、マリが子ギツネを保護する場面。デザイナーは加藤雅史氏。
「は〜りぃふぉっくす」では、マリの祖父にあたる人物がマリを保護したことになっている。
マリについては、「チャレアベ」に掲載された「雪の魔王(予告)」に、すでにその名が現れている。また、同書に掲載された設定原画集にも、マリらしき少女が子ギツネを拾う場面がいくつか描かれている。マリは続編を作るにあたって新たに考案されたキャラなのだろう。
P6版の設定では、マリは黒ギツネの眷属ということになってしまう。P6版においてテシ宛の手紙を書いたのはマリであり、テシの正体も知っていたようだ。しかし果たしてマリも黒ギツネの一族であるかどうかは明示されておらず、真相は不明である。
「ジーク」と「ヘイグ」が同一のキャラクターなのか、別々のキャラクターなのか、制作者も混同している節がある。ここからは荒井の憶測なのだが、当初「ジーク」は人名ではなく、飽くまで病院の名前でしかなかったのではないか。さらのジークが黒ギツネであるという設定はなかったのではなかろうか。続編を作るにあたって、後付けでマリや黒ギツネを生み出したものの、設定が固まっていないままシナリオを作った結果、木に竹を接ぐようなことになったのではないだろうか。