隠された海賊の財宝が眠っていると言われる島。
その海賊ファールの財宝は、手に入れることができれば、王侯貴族の栄華すら、つかむことができると伝えられていた。しかし、伝説を信じ、夢と欲を抱いて、その島の洞窟を訪れた者は、誰一人として戻ってこなかった…。そんなある日、洞窟の側に、見るもまがまがしい城が突如として出現した。一夜にして悪夢の中から抜け出たその城が、この世のものである筈もなかった。
魔城である。
以来、その島は多くの魔物たちが徘徊する恐怖の舞台となってしまった。
[あなた]は、その島にある街で、平和に暮らしていた少年だ。幼少のころ母親を失ったものの、やさしい父親との静かな生活に、満足して暮らしていた。だがふたりにとって不幸なことに、やさしい父親は、かつて勇敢な剣士でもあった。小さいながらも王国である島の勇者として、かつて父は名を馳せていた。魔城の出現と魔物の徘徊に対し、島は武装を強化した。今は引退していた父親も、それに伴い、再徴兵されていった。父親の身を心配する[あなた]は、戦地からの便りに一喜一憂しつつ、その帰りを待っていた。
だが、一年過ぎる頃、その手紙も届かなくなる。父親が戦地で消息を絶ったのだ。いてもたってもいられなくなった[あなた]は、ついに旅立ちを決意する。
今、[あなた]の大冒険がはじまる!
現在、コンピューターネットワークは生活に溶け込み、すっかり身近なものとなりました。パソコンや携帯電話はインターネットにつながっているのが当たり前。今やネットワークは誰もが気軽に利用でき、我々はいたるところでその恩恵にあずかっています。
もちろんその以前からコンピューターを使った通信は存在していました。しかしそれは現代のインターネットとは相当に異なるものです。1980年代の「パソコン通信」は、まだ限られたマニアの趣味でした。
「ハパザード」は、そんな時代のパソコン通信局「THE LINKS」内で提供されていたネットサービス「Bam!ネット」がプロデュースしたRPGです。
「リンクスモデム」ことネットワークゲームアダプターと起動画面。
THE LINKSは環境面でも費用面でも手を出しやすかった。これがネットワーク初体験だったというMSXユーザーは数多い。
THE LINKS(以下「LIKNS」と略)は京都の情報通信企業・日本テレネット(にっぽんテレネット)が運営していたMSX専門のパソコン通信局です。開局は1986年。MSX専門であることを武器に、ヴィジュアルライクな画面、ネットゲーム、専用モデムによる安価かつ手軽な接続環境等々、他のパソコン通信局にはなかなか真似できないサービスを提供していました。
LINKSには、MSXと縁のあるソフトハウスや出版社が運営するサービスもありました。MSX・FANの「冥王星通信」や、掲載プログラムダウンロードサービスが代表例でしょう。そのLINKSで提供されていたサービスのひとつが「Bam!ネット」です。
Bam!ネットは九州に拠点を置く家電量販店チェーン・ベスト電器肝煎りのチーム「Bam!ネットアンダーグラウンド」が運営していました。サービス開始は1989年8月。主な対象は中高生です。BBS「マンホール」やチャット「おーい!バブルス君」などのコーナーを展開し、学校や日常のできごと、下ネタ、恋愛等々、ティーンズ向けの話題をテーマに、書き込みや参加を募っていました。
中高生は当時のホビーパソコンの主なユーザーです。ネットワークの世界に踏み出すことが現在よりもずっと大変だった当時、小遣いや親の目等を気にしなければならない中高生がパソコン通信を始めるのは、なかなか骨の折れることでした。その点LINKSはMSXと専用モデムで安価かつかんたんに始められたため手を出しやすく、また、若年層向けのコンテンツが揃っていたため、中高生のユーザーが多かったと聞きます。
ベスト電器はそこに注目したのでしょう。当時同社ではBam!ネットが楽しめるという触れこみで、MSXと専用モデムのセットを「Bam!ネットセット」と称して売り込んでいました。
Bam!ネットPRパンフレット「Bam!」。Bam!ネット紹介記事の他、音楽コラムやタレントインタビューなども掲載されていた。
ティーンズを意識した誌面作りで、Bam!ネットの主要ターゲットがうかがえる。スポンサー・ベスト電器の広告記事も。
そのBam!ネット開始から3ヶ月。89年12月1日に「ハパザード」は公開されました。Bam!ネット発のオリジナルゲームとして、同サービスの宣伝と利用者拡大のための呼び物という位置づけです。パソコン通信発祥のゲームらしく、LINKSからのダウンロード形式で配布されました。対応機種はMSX2以降。動作環境はRAM64KB・VRAM128KB、要フロッピーディスクドライブ。フリーソフトでありましたが、遊ぶにはまずLINKSから必要ファイル一式をダウンロードし、ディスクにコピーしてゲームディスクを作るという手順が必要でした。
内容はいわゆる「ドラクエ」タイプのRPGです。基本剣と魔法のファンタジーながら、ギャグやパロディ満載のコミカルな世界観が特徴です。その一方でシリアスな展開あり、意表を突く仕掛けもありで、わりと凝ったシナリオやストーリーが楽しめます。
企画はBam!ネットアンダーグラウンドですが、実際の制作はLINKSのスタッフがあたっていたようです。プログラムはほぼBASICで組まれており、随所に手作り感が溢れます。言い換えれば技術的にはアマチュアに毛が生えた程度のものに過ぎないため、速度の遅さや操作性の悪さで、ストレスが溜まることは否めません(本作のプログラマーは、自作ならではの創造性や味わいのある作品を「B級ソフト」と定義しており、「ハパザード」もそうした「B級ソフト」であるとしています。)。とはいえ全体的にはバランスの取れた解きやすいゲームで、手作りゲームとしてはけっこうな力作でしょう。
「ハパザード」ディスク用ラベル。ファイルを収めたディスクに貼ってねと後日THE LINKSから送られてきたもの。
ネットワークならではのダウンロード形式での配信は、時代を先取りしていたとも言える。
「ハパザード」はその後シリーズ化され、全部で3作が制作されました。ただし初回作はRPG、続編はSFAVG、3作目は学園AVGと内容はてんてんばらばらで、「haphazard」(行き当たりばったり・その場の思いつき)という題名らしい展開を見せました。ちなみに2作目まではDL配信されましたが、3作目だけはコンパイルの「ディスクステーション#15(90年8月号)」収録ソフトとして公開されています。また、1・2とオリジナルゲーム「人生ゴロゴロ」を収録したパッケージ版も、ベスト電器より販売されていたようです。
さて、Bam!ネットは短命でした。2年後の91年8月をもってサービスを終了しています。終わる時にはLINKS会報上で終了記念企画の開催が告知されましたが、扱いは小さめで、大々的に宣伝されていた開始時の勢いからすれば寂しいものでした。短命に終わったのはMSXの衰退を受けたのかもしれませんし、思うほど利用者が伸びなかったのかもしれません。ともあれ21世紀になった現在、Bam!ネットを顧みる人間はほぼおらず、当時の様子を綴ったテキストも見あたりません。
しかしベスト電器との提携は日本テレネットにとって大きな出来事だったようです。現在でも同社WEBサイトの会社沿革の項には、「ハパザード」の名とともに、この提携のことが少し記載されています。
インターネット普及以前、世には大小とりどりのパソコン通信局ができ、さまざまなサービスを生み出しては、うたかたのように消えていきました。思えばそれが後の日本のネット文化の土壌となったのでしょう。「ハパザード」とは「Bam!ネット」が存在し、活動していたことの証なのかもしれません。